劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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重要秘密事項だと思うんだが……


リーナからの誘い

 今日から一高は定期試験だが、達也は深雪を送り届ける為に登校しただけで、すぐに校舎を後にした。学校から試験を免除すると言われているのだ。好き好んで受けなくてもいい試験を受ける趣味は、達也には無い。この点では、彼も多数派の一員だ。

 彼が今いるのは、巳焼島の研究棟の一室。本当なら『チェイン・キャスト』の技術を応用した新魔法の開発はFLTの研究室で行いたかったのだが、結局ここで続けている。リーナからずっと目を離しているのが怖かったからだ。

 達也は別に、リーナ達の事を疑っているわけではない。婚約を装った破壊工作員という可能性は、頭から除外している。ある意味で達也は、リーナを信用していた。彼女には潜入工作員としての適性が無い。その才能の欠如を、達也は確信している。彼にとってマイナスになる可能性をマイナスに評価した結果、プラスの信用が生まれているのだった。

 ただ暇を持て余したリーナが何かしでかさないか、目を離していると気が気でない。小さな子供ではないのだから馬鹿な真似はしないはずだが、この点では達也はリーナを全く信用していなかった。

 

「達也!」

 

 

 そろそろ昼食にするかと研究室をでてすぐのロビーで、達也は横合いから声をかけられる。

 

「リーナ、何か用か?」

 

「今からお昼でしょ? ご一緒しない?」

 

「それは構わないが、あまり時間は取れないぞ?」

 

 

 このセリフは、リーナに対する嫌がらせではない。達也は『チェイン・キャスト』を応用した新魔法の開発以外に、パラサイトを封じる無系統魔法会得の為の修行にも時間を使わなければならない。昼食を一緒にする以外の目的が見て取れるリーナの相手をしている時間は、本来彼には無いのだ。

 

「時間が無いなら、さっさと行きましょう」

 

 

 リーナは達也のそっけないセリフを気にした様子もなく、食堂へ向かって歩き出す。そんなリーナの背中を見詰めていた達也に、ミアが申し訳なさそうに頭を下げた。

 巳焼島の物流はまだ整備途上の段階で、品揃えも決して豊富とは言えない。生活用品は、とりあえず暮らしていくのに不自由はない、という程度だ。

 だが、食事は美味い。ここの食堂も、所謂社食とは思えない程、料理に力が入っている。他に楽しみが無いので料理くらいは、という事かもしれない。

 リーナが本題を切り出したのは、食後のコーヒーで一服している最中だった。

 

「達也、聞いてもらいたい事があるんだけど」

 

「長くなる話か?」

 

「いいえ」

 

「手短に頼む」

 

 

 達也がカップをテーブルに戻して、リーナに目を向ける。それを了解の印だと理解したリーナは、笑みを浮かべて本題に入る。

 

「スターズ本部基地で起こった叛乱については、前に話した通り。私はベンのお陰でステイツを脱出出来た」

 

「ベンというのはベンジャミン・カノープス少佐の事だったな? だが君を空港まで送り届けたのはラルフ・ハーディ・ミルファク少尉だったんじゃないか? また、出国の体裁を整えてくれたのはヴァージニア・バランス大佐だったはずだが」

 

「ええ、その通りよ。でも大佐に助けてもらえるよう依頼してくれたのはベンだし、脱出の状況を整えてくれたのも彼だわ」

 

「リーナがカノープス少佐に恩義を感じているのは分かった。それで?」

 

「私が脱出した後、ベンは多分、投降したと思う。彼の実力なら包囲を切り開いて脱出するのは可能だけど、自分一人で逃げる人じゃないから」

 

「力尽くで叛乱を鎮圧するという選択肢もあると思うが」

 

 

 リーナが目を見開いて達也の顔を見返す。達也は欠片も笑っていなかった。

 

「……味方に刃を向けられる人じゃないわ」

 

「パラサイトは味方では無いと思うが、そう簡単には割り切れないか。それで?」

 

「ベンはスターズ内部だけでなく、他の部隊やペンタゴン、国務省にも人脈がある。パラサイトといえども、彼を処刑したり出来ないはず。多分、軍事刑務所に収監されることになっているわ。もう移送されたかもしれない」

 

「だがスターズの一等星級隊員を閉じ込めておけるような監獄があるのか? CADを取り上げても魔法が使えなくなるわけじゃない。それともUSNAでは、魔法を封じる技術が実用化されているのか?」

 

「そんな技術はないはずよ。アビーから聞いたこともない」

 

「アビーというのは、戦術魔法兵器『ブリオネイク』の開発者だったな」

 

「ええ、そう。スターズの主任技術者、アビゲイル・ステューアット博士」

 

「軍の階級は持っていないんだな」

 

 

 まさかリーナの口からブリオネイク開発者のフルネームが飛び出すとは思わず、達也は咄嗟にどうでもいい事を口にしてしまう。リーナはステューアット博士の名前をうっかり漏らしてしまったのではない。何も隠し事はしないというスタンスの表れだ――多分。

 

「だったら、カノープス少佐は何処に?」

 

「恐らく……ミッドウェー刑務所に閉じ込められているのだと思う」

 

「脱獄しても周りは海ばかり、か」

 

「ここもそういうコンセプトで刑務所になっていたんでしょう? いくら私たちでも補助デバイス無しに百キロ以上も移動できないから」

 

「それで? カノープス少佐がミッドウェー島に閉じ込められたとして、君は何を望むんだ?」

 

 

 達也は余計な前置きはせず、リーナの真意を問う。核心を問われたリーナの顔が、明らかに強張ったのを、ミアは息を呑んで見守っている。




隠す必要がないと思ったのか、やっぱりポンコツなだけなのか……

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