どう答えるべきか十秒足らず考えてから、リーナは強張らせていた表情を改め、真剣な眼差しで達也を見詰める。
「……ベンがミッドウェーに送られているというのは、単なる推測じゃないの。もし政治的な理由で粛清されそうになったら、自分からミッドウェー刑務所に閉じ込められるように取引するってベンは言ってたわ。私にも、そうするようにって」
「それはまた、思い切った対策だ……」
「権力闘争は理屈じゃない、正義は勝っている時にしか役に立たないってベンは言っていたわ。どんなに自分が正しく、どんなに相手が間違っていても、敗者は強者に従うしかない。でも、絶対的な敗北でない限り取引の余地はあるから、負けそうになってもそこで諦めちゃダメだって。敗北が決まったら、出来る限り自分に有利な条件で負けなければならない……ベンは何度も、そう教えてくれたわ」
「権力闘争に限った話ではなく、むしろ戦争の終わらせ方に通じる教えだ。カノープス少佐は戦闘魔法師として優れていただけでなく、戦略家としてもすぐれた識見を持っている軍人なのだな」
「USNA陸軍士官学校の卒業生らしいわ」
「なるほど」
この言葉に続く「間違って魔法師になった口か」というセリフは、達也の頭の中だけで語られた。
「達也?」
「ああ、すまない」
カノープスの生い立ちを頭の中で空想していた自分に、達也は声に出さず嘲笑した。他人の事は、その者にしか分からない。それに他人の人生に同情出来るほど、自分は順調な人生を歩んでいないだろう、と達也は自分を笑わずにはいられなかった。
「要するに、カノープス少佐がミッドウェー島の刑務所にいるのは間違いないと考えて良いんだな?」
「ええ。ベンなら上手くやったはず。ミッドウェー島なら脱走が難しい代わりに、暗殺者を送り込むのも難しいから」
「他の囚人に襲わせるという手があると思うが」
「その可能性はゼロではないけど……あそこの造りは少し特殊なの。囚人の部屋は全部が完全防音の独房で、中の様子は監視カメラでしか分からない。食事の支度や掃除は全自動。トイレだけでなくシャワーも独房内完備。外出や運動施設の利用は一人ずつ。囚人同士の交流を徹底的に排除する仕組みになっているのよ」
「囚人の共謀を防ぐためか」
「ええ。それと、貴重な戦闘魔法師を刑務所で無駄に失わないよう、って配慮があるとベンは言ってた」
「監視付きだが、居住性は悪くないようだな。それも戦力としての質を低下させない為か」
「そうでしょうね……」
達也は何でもない事のように語っているが、リーナは心中穏やかでないという表情になっている。刑務所の中でも自分たちが兵器として管理されている現状を改めて認識した事で、感情的な反発が生じているのだろう。
「それでリーナは、カノープス少佐をミッドウェー島から救い出して欲しい、とでも?」
達也は本気で、こう尋ねたわけではなかった。まさかそこまで厚かましい願いを、リーナが口にするとは思っていなかった。
「……ええ」
「……本気か?」
「厚かまし過ぎるお願いだとは分かっている。でも今ステイツで起きているのは、普通の、人間同士の戦力争いじゃない。安全だと思われていたミッドウェー刑務所の中も、暗殺の危険が無いとは限らないし、最悪の場合はベンが無理矢理パラサイトにされてしまうかもしれない」
カノープスがパラサイト化する可能性は、達也も無視できなかった。達也とカノープスの間には、好ましからぬ因縁がある。カノープスを味方にする為に助け出すという話であれば、達也はうなずかなかったに違いない。カノープスを味方に付けられても、それは今回限りの事だ。アメリカの軍事刑務所に忍び込んで囚人を強奪するというリスクに見合わない。
だが敵を減らすという目的であれば、検討の余地があると達也には思われた。敵に回した時のカノープスの力量は、達也も経験している。一度きりでも、その技量を測るには十分だった。
「……残念ながら、リスクに見合うメリットが無い。パラサイト化のリスクを除くだけなら、俺のマテリアル・バーストでミッドウェー島の刑務所を爆破した方が簡単だ。パラサイト・パンデミックに対処するためという名目なら、国際社会の非難も逸れるだろう」
「待ってよ! そんな事を発表されたらステイツが……!」
パラサイトの増殖を放置したなどと知られたならば、USNAの信用は地に堕ちる。国家分裂の悪夢では済まなくなってしまうに違いない。形式上はUSNAの軍人という事になっているリーナは、これを受け容れられなかった。
「だがUSNAがカノープス少佐まで無理矢理パラサイト化して利用しようとするならば、パラサイトの脅威を世界に公表しないわけにはいかなくなる」
達也のセリフが単なる脅しでは無いと分かったのだろう。リーナは思い詰めた硬い表情で達也に問いかける。
「……メリットがあれば良いのね?」
「まあ、そうだ。俺も島を丸ごと吹き飛ばすなんて荒っぽい真似を、好き好んでやろうとは思わない。それだけの熱量を発生させた場合、世界の気候に無視し得ない悪影響を及ぼさないとも限らないからな」
真顔で言う達也に、リーナとミアは背筋を震わせた。一撃で世界の気候バランスを崩してしまう魔法。それが大袈裟でも何でもないと理解出来たからだった。
達也ならそれくらい出来てしまうのが怖い……