達也の爆弾発言で硬くなっていたリーナの表情が焦りが加わる。もし本当にミッドウェー島の刑務所を爆破されたら、USNAが受ける非難がどれ程のものになるか想像したのかもしれない。
「私たちが達也の邪魔を止めるわ」
リーナが何を言いたいのか、達也は理解出来なかった。達也がリーナに訝し気な眼差しを向けると、リーナはさらに焦ったように勢いよくまくしたてる。
「スターズに一度戻って、裏だけでなく表向きも軍を抜ける。それだけじゃなく、達也に対する敵対行為は止めさせる」
「君の一存で決められる問題では無いと思うが……」
「私だけじゃないわ。ミアだって手伝ってくれるでしょうし、達也の脅しを上層部に伝えれば、それは無視出来なくなるでしょう。帰化だって、私は九島ショーグンの姪の娘なんだから、それほど難しくないと思うし」
既に裏ではアンジェリーナ・クドウ・シールズは九島リーナとして日本に帰化しているのだが、USNA軍にそれを公表するのを渋る人間がいるので、表向きはリーナはまだUSNA国籍なのだ。完全移行するには、そこをどうにかする必要がある。
「君の帰化については、既にある程度交渉は進んでいるが、軍が素直に応じる可能性は低いだろうな。ただでさえ俺を排除しようとしているんだ。日本に戦略級魔法師が増える事をUSNAが許すか?」
「軍が認めるかどうかなんて関係ない。私は達也の婚約者として帰化したんだから、認めてくれないのなら除隊願を正式に叩きつけてステイツから逃げ出すだけよ」
そう簡単に行くだろうかと、達也は疑問を覚えたが、その疑念を口にしてリーナの決意に水を差す真似はしなかった。確かにそれなら、達也にとってリスクを冒すだけのメリットがある。
リーナがいったんUSNAに戻って再亡命してきた場合、受け皿になるのはやはり四葉家だろう。四葉家以外にUSNAと事を構える度胸の持ち主が、日本国内にいるとは思えない。今は客扱いだが、正式に日本に亡命して帰化すれば、リーナを堂々と自分の戦力として使えるようになる。四葉家の戦力ではなく、達也個人の戦力としてだ。リーナは「達也の味方になる」と言っているのだし、達也としても彼女を真夜に渡すつもりはさらさらない。
「分かった。すぐにとは約束できないが、カノープス少佐救出のプランを練ってみよう」
「ホント!? ありがとう、達也」
リーナが面を輝かせて身を乗り出す。間にテーブルが無ければ、彼女は達也に抱き着いていたかもしれないと、ミアはそんな事を考えるだけの余裕を取り戻した。
「それとリーナ」
「何かしら?」
「君は既に俺の味方だと思っていたのだが、まだUSNAに気持ちが残っているんだな」
「そりゃ……母国を簡単に裏切れるのなら、同胞殺しで悩む事なんて無かったわよ」
急に達也に責められたような気がして、リーナは乗り出していた身体を椅子に戻し、再び視線を下に向けるのだった。
魔法科高校も試験期間中は午後早々で放課後になる。達也が再登校したのは十五時前だ。生徒会役員だからと言って残っているとは限らなかったが、目当ての生徒は運よく生徒会室で試験勉強中だった。
「詩奈」
「は、はいっ!?」
達也が生徒会室に入ってきたのは彼女も気付いていたし、顔を上げて挨拶もした。だが自分に話しかけてくるとは全く思っていなかったのだろう。達也に名前を呼ばれて応える詩奈の声は、少し裏返っていた。
「お父上の三矢元殿か、ご長男の元治殿にご意見を伺いたい件がある。お時間を頂戴出来ないか、聞いてみてはもらえないだろうか」
「えっと……父と会って話をしたいという事ですか?」
「そうだ」
「司波先輩、詩奈ちゃんのお父様にいったい何を尋ねたいのですか?」
困惑している詩奈を見かねたのだろう。横から泉美が口を挿んできた。
「米軍の動向について知りたい事がある」
達也は泉美の横槍を無視しなかった。テキトーに誤魔化す事もせず、真っ向から答を打ち返した。泉美の隣で「米軍の?」と不得要領な声を上げたほのかに、「三矢家の方々は国外の軍事事情にお詳しいのよ」と深雪が小声で教える。
それは泉美も知っていた。達也が米軍の事を三矢家当主に尋ねるのは理に適っている。自分の一言が余計なものだったと、泉美は認めざるを得なかった。
「あのっ、司波先輩! 父に、予定を聞いてみますので!」
詩奈が慌てて達也にそう答えたのは、泉美の心情を慮った結果だった。そのお陰で泉美は、達也に頭を下げずに済んだ。
だが達也に謝罪するのと詩奈に庇われるのと、泉美にとってどちらが楽だったのかは、きっと本人にしか分からない事だった。
「泉美ちゃん。約束通り、実技試験の課題を見てあげましょうか?」
「えっ? 深雪先輩、本当によろしいのですか?」
「ええ、構わないわよ。振動系のコントロールは得意分野だから」
「ぜひ! よろしくお願いいたします」
顔を感激で埋めた泉美を連れて、深雪が生徒会室を出て行く。
「泉美ちゃんは相変わらず達也さんに敵対的ですね」
「別に気にしてないんだが、深雪には気を使わせてしまったようだな」
深雪が泉美ではなく自分を気遣ったのだと達也は気付いている。だからではないが、達也は少し申し訳なさそうな表情で、生徒会室の扉を見詰めていた。
ただの嫉妬のような気も……