劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ほんと忙しいな……


目に見える成果

 実験棟に向かう深雪を見送った後、達也は演習林に来ていた。

 

「試験期間中だというのにすまんな」

 

「何を言ってるんだい。試験よりもこっちの方が重要だろ」

 

 

 割と本心から謝罪した達也に、幹比古は出来の悪い冗談を耳にした時のような笑顔を返した。本気で笑えるわけではないが、他に表情の選択肢が無いので笑みを浮かべている、というやつだ。

 

「それに、一夜漬けが必要になる勉強の仕方はしていないよ」

 

 

 幹比古が本気で言っているなら大したものだし、強がりならば別の意味で賞賛に値する。達也は幹比古の言葉に軽く驚いた表情で頷いた。

 

「では、頼む」

 

 

 本気だろうが強がりだろうが、今日は早めに帰そう。そう考えて、達也は幹比古に修行の開始を合図した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴走した独立情報体――『精霊』に前後左右上下の六方向から想子流をぶつけて、想子塊の中に呑み込む。想子の雲を広げてその中に取り込むより、こちらの方が効率的だと判明したのは修行を開始して三日目のことだ。試験前にも拘わらず日曜日も幹比古を修行に付き合わせて、今日で六日目。六方向から同じ圧力の想子流をぶつけるのではなく、四方向からぶつけた想子流が逃げ出さないように上下から蓋をする方が高い効果を得られるという所までノウハウは理解出来ている。

 後は最終段階。圧縮した想子を、固定する技術だ。封印の形は立方体ではなく、球体。効率を考えるならば、単に球をイメージしながら圧縮していくのではなく、三次元的に球体が形成されるよう圧力をかけるべきだろう。ただ握りしめるのではなく、手の中で転がすように。一度で固めてしまうのではなく、何度も練り直しながら最終的に固く、小さな球にする。

 

「……達也、それ……」

 

「……出来た、のか?」

 

 

 達也の五十センチ前方で高密度の想子球が浮いている。まるで実体物のように、安定した状態で。達也は慎重に手を伸ばし、想子の球体を掴んだ。実体の無い想子の塊が、まるで個体のような手ごたえを返している。達也の肉体ではなく、肉体に重なる想子場を押し返しているようだが、少し強めに握ってみても壊れる気配はない。

 

「これが封玉……術式だけでパラサイトを捕獲する無系統魔法……」

 

 

 幹比古が感嘆を漏らす。呪具や人形などの実体物に頼らず、純粋に「術」で精霊を封印する。精霊を封印出来るなら、「魔」も封印出来るだろう。それは幹比古にとっても珍しいと感じる技術だった。

 達也は想子球を手放した。球体に干渉しないよう、自分の想子場をコントロールする。そのまま二人は、疑似固体化した想子の塊を観察した。想子の球体は、七分後に自壊した。中に閉じ込めていた「暴走精霊」は、精霊の形を保ちながら活動を停止していた。

 その後の二時間で、達也は成功と失敗を繰り返した。今日のところの成功率は三割。だが最後の十分間は、続けて四度成功した。

 

「幹比古、今日はここで止めよう。これ以上はお前が持たない」

 

「まだ大丈夫、と言いたいところだけど……達也の言う通り、今日は残念ながら限界だ。でもこれで、目途が立ったね」

 

「ああ。幹比古、お前の御蔭だ」

 

「どういたしまして」

 

「実戦で使用するには、成功率を十割まで上げなければならない。すまないが、明日も付き合ってもらえるか?」

 

「もちろんだよ」

 

 

 幹比古が笑みを崩さず、むしろますます深めて頷く。彼は修行を手伝っている立場だが、幹比古の笑顔はまるでわがことのような充足感に満ちたものだった。

 

「おっ、達也くんにミキじゃない。今日も修行してたの?」

 

「僕の名前は幹比古だ! というか、エリカこそ何をしてるんだい?」

 

「あたしはさっきまで美月たちと勉強会をしてたのよ。それで、美月が彼氏の事が気になるっていうから風紀委員会本部に行こうとしたんだけど、途中で雫に会ってミキはこっちだって聞いたからわざわざ来たのよ」

 

「え、エリカちゃん……」

 

 

 もう付き合って三ヵ月くらいにはなるというのに、美月は未だにエリカのこういったからかいで顔を真っ赤にさせる。一方の幹比古は、いい加減慣れてきたのか、この程度では動揺しないようにはなっている。

 

「だいたい彼女が勉強してるっていうのに、彼氏は修行の手伝いだなんて……もうちょっと彼女の勉強を見てあげたらどうなのよ?」

 

「時間があるのならそうしたいけど、達也の修行相手は僕しか出来ないし、時間的余裕があるわけでもないからね。そもそもエリカだって、僕が達也の修行相手じゃなくて柴田さんの勉強相手をしてたら怒るだろ?」

 

「当たり前じゃない! そもそも本気で責めてるわけじゃないんだし、もし美月に謝ったりしたら、ミキの脛を蹴り上げてたところよ」

 

「相変わらず物騒な事を平気で言うんだから……」

 

 

 幹比古もエリカが本気で自分を責めているはずが無いと分かっていたので、慌てる事もなく返事する事が出来たので、エリカのこの反応はある意味想像通りだ。だが答えを間違えた時の罰に思わず身震いをした。

 

「それじゃあ、美月はミキに任せるとして、達也くんはこの後生徒会室でしょ? 一緒に行って良い?」

 

「別に構わないが」

 

「それじゃあ行きましょう。たまには話し相手になってよね」

 

 

 達也に時間的余裕がない事はエリカも理解してる。だが寂しいと思ってしまうのは仕方ないと開き直り、生徒会室までの間、達也を独り占めする事で気を紛らわす事にしたのだった。




エリカの蹴りは痛そうだ……

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