劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1772 / 2283
まぁ、彼じゃ仕方ない……


感じる衝撃

 西暦二〇九七年七月四日、木曜日。大亜連合と新ソ連の戦争は今日で七日目を迎える。この日の朝、戦況に大きな変化が生じた。東シベリア方面の新ソ連軍の再配置が完了し、ハバロフスクの南で防衛に当たっていた機甲部隊が南下を始めたのだ。同時にそれまでウスリースク郊外で大亜連合軍を食い止めていた沿岸地方軍はムラヴィヨフ=アムールスキー半島の入口を目掛けて後退を開始する。

 新ソ連の意図が、東シベリア軍と沿岸地方軍による大亜連合進行部隊の挟撃にある事は明らかだ。これに対する大亜連合の選択肢は二つ。

 一つは、ハンカ湖西岸の占領地域まで軍を引き、同地域の支配を固定化する事。もう一つは、南下する沿岸地域軍を急迫し東シベリア軍が到着する前にウラジオストクを落とす事。ウラジオストクを手に入れれば、高麗自治区から北上する部隊が海上から側面攻撃を受ける心配も無くなる。ハンカ湖西から進行した東北地域軍と高麗自治区軍で沿岸地方を一気に占領する――大亜連合の理屈では「取り戻す」――事が出来る。

 大亜連合は急戦を選んだ。南下・後退する新ソ連軍の後を大亜連合軍が追いかける。しかし追跡の決定に多少の時間を要したのと戦闘車両自体の速度差で、両軍の間隔は大きく開いていた。そして両軍の間隔が二十キロを超えた時、戦局は劇的な転換を迎えた。

 突如、大亜連合軍の前に霧が立ち込める。濃密な霧は、わずかな時間で六千人の兵員を乗せた戦闘車両――兵員輸送車を含む――の列を覆いつくした。「退避!」と叫んだ指揮官は、直感的に危険を感じ取ったのか。「霧を排除せよ!」と魔法師部隊に命じた参謀は、白いヴェールの正体を見抜いていたに違いない。

 だが、彼らの対応は遅すぎた。否、相手が――ベゾブラゾフが速すぎた。深い霧が作り出す白い闇を、一瞬で増殖した魔法式が満たし、超広域の酸水素ガス爆発が生じた。

 酸素一、水素二の混合気体。その燃焼炎の温度は三千度に満たず、核兵器の焦点温度には遠く及ばない。しかし一点に集中して熱が発生する核爆弾や通常爆弾と異なり、数ヘクタールから数十平方キロの広大な空間で同時に高熱が生み出される。またトゥマーン・ボンバ本来の攻撃形態――相手の魔法防御を考慮しない形態――は燃料気化爆弾と異なり、攻撃対象を爆発の直中に巻き込んで発動する。爆発によって発生した高圧の衝撃波で殺傷するのではなく、摂氏二千度超の爆発に敵を直接曝露するのだ、その最大破壊規模は多弾頭核ミサイルに匹敵する。

 西暦二〇九七日月四日、現地時間八時五十五分。日本時間七時五十五分。この一撃で、大亜連合進行部隊の七割以上が無力化された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法科高校の授業は一高から九高まで共通だ。一限目は八時から始まる。ただ一限目が始まる前に朝礼やSHRを行う慣行は、学校によってまちまちだ。一高には朝礼もSHRもなく、いきなり授業が始まる。

 それとは対照的に、三高は各クラスの指導教師が朝礼に名を借りて生徒に活を入れるのが毎朝の習慣になっていた。ただし、指導教師が付いている『専科』、一高で言う『一科』のみのセレモニーである。

 今日は定期試験三日目だが、昨日までと同じく、朝礼は普段通りに行われる。始業十分前になり、一条将輝は彼のクラスメイト同様、自分の席に着いた。それから一分も経たない内に指導教師が入ってくる。五十代の、がっしりした体格の男性教師だ。生徒に親しみを持たれるタイプではなく、確かな指導力で生徒に頼られるタイプの教師である。

 異変が起こったのは、指導教師の経験に裏打ちされた訓示が中盤に差し掛かった、七時五十五分の事だった。強烈な魔法の波動に、将輝が思わず腰を浮かせかける。

 反射的な反応を見せたのは彼一人ではなく、同じ教室で実際に立ち上がった生徒も何人かいた。指導教師は、それを咎めなかった。

 

「朝礼は中断する。皆は自席で待機する事」

 

 

 立ち上がった生徒を手振りで座らせながら、男性教師は強張った表情でそう告げて教室を後にした。ざわめくクラスメイトの声を聞きながら、将輝は唇を固く引き結んでいた。

 

「(想子波の震源は北……いや、北北西か? 強い揺れだったが、震源地はかなり遠い)」

 

 

 将輝の感覚では「遠い」としか分からなかったが、彼はそれを直感的に、新ソ連と大亜連合の軍事衝突に結び付けた。彼は学習用端末に、日本海を中心とした地図を呼び出した。魔法の軍事利用を積極的に肯定している三高の端末は、地政学の資料が豊富に呼び出せるようになっている。

 

「(推定八百キロ以上……。それであの強さ、本物のトゥマーン・ボンバか……?)」

 

 

 ベゾブラゾフは目的に応じてトゥマーン・ボンバの破壊力を使い分けているのであり、本物も偽物も無い。今回の爆発も、破壊力の上限を発揮したものではない。しかしそれを知らない将輝は、伝わってきた想子波動の強さから魔法の威力を感じ取り、戦慄と共にそう考えた。

 

「(この間一高上空に攻撃を仕掛けたばかりだというのに、再び戦略級魔法が導入されるとは……ベゾブラゾフは死んでいなかったのか)」

 

 

 襲撃失敗の後に流れていた噂を鵜呑みにしていたわけではないが、将輝はベゾブラゾフが生きていたことをこの時知ったのだった。




将輝はトゥマーン・ボンバを実際に体験してませんから……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。