劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1773 / 2283
心配事が多い事で……


達也の心配事

 トゥマーン・ボンバの余剰想子波をキャッチしたのは、三高の生徒だけではなかった。その特大規模の波動は、日本全国の魔法師の感覚を震わせた。達也はその時、一高から四葉ビルへ戻る個型電車の中にいた。

 

「(――魔法式の規模は水平方向に三平方キロ前後、高さ二十メートル前後。目的は地上部隊の殲滅だな)」

 

 

 広く展開した戦闘車両、歩兵輸送車両を纏めて葬るべく、魔法の規模を広げたのだろう。

 

「(密度は低いが、これだけの広さの空間で同時に爆発が起こったんだ。国土の被害も相当なものだろうに。これもある種の焦土戦術か)」

 

 

 本来の意味とは違うが、自国の土地を焼いてまで敵軍に打撃を加える。政府の権限が強くなければ採れない戦法だ。しかし、有効な戦術であるのも確か。大亜連合軍が投入していた百数十~二百両の戦車とそれに追随する戦闘・輸送車両は破壊され、五千~一万人の兵員が鬼籍に入ったことだろう。

 

「(予想していた形とは少々異なるが、勝敗は決した)」

 

 

 新ソ連が――ベゾブラゾフがここまで大規模な反撃を行うとは、達也も予想していなかった。これならベゾブラゾフ健在がもたらす精神的ショックとは無関係に、大亜連合は戦闘の継続が不可能だ。達也は個型電車のヘッドレストに頭を預けて目を閉じた。

 

「(……これだけの大敗だ。大亜連合はしばらくの間、対外的な軍事行動が出来なくなる。新ソ連は極東艦隊を動かしても、背後を突かれる懸念はなくなった。どういう名目を持ち出すかは分からないが……艦隊は既に動員済みだと考えるべきだろう)……時間的な余裕はない」

 

 

 最後の最後は、達也の口から声になって発せられた。達也がトゥマーン・ボンバを参考にして開発している魔法は、新ソ連艦隊の南下を阻止するためのものだ。分かっていたことだが、いよいよその完成を急がなければならなくなった。

 個型電車が四葉ビル最寄り駅に到着するまで、あと十分前後。そのわずかな時間さえ、今の達也にはもどかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大亜連合の戦略級魔法師、劉麗蕾は友軍崩壊の際、味方部隊の移動には同行せず後方に待機していた。機甲部隊と輸送車両で移動した歩兵部隊が敵を捕捉した後に、ヘリで部隊に合流する予定だったのだ。お陰で彼女は、トゥマーン・ボンバによる被害を免れた。

 劉麗蕾の護衛部隊を率いる隊長は、ハバロフスクから新ソ連軍が南下しているのを知りながらあえて北上し、ヴォズドヴィデンカの飛行場を占拠した。護衛部隊の隊長は、司令部に即時帰国を具申。進行部隊が壊滅した状況では、当然の申請だ。

 しかし大亜連合軍司令部は、劉麗蕾とその護衛部隊に現在地点で待機を命じた。ハバロフスクから南下した新ソ連の部隊はその動向を把握していたはずであるにも拘わらず、劉麗蕾一行が潜むヴォズドヴィデンカを、攻撃も包囲もしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は巳焼島行きをキャンセルし、『封玉』の修行も今日は中止すると幹比古にメールで断りを入れて、朝からずっと四葉ビルの地下にある研究室に籠っていた。開発中の戦略級魔法に関するデータは、毎日ストレージに入れて持ち帰っている。四葉家東京本部の地下室でも、研究を続けるのに不都合はない。深雪にも、一人で帰宅させた。彼女には達也以外にもつかず離れずの護衛が付いているし、達也も「眼」を離していない。それでも深雪に単独行動をさせるのは異例な事だ。

 その甲斐あってと言うべきだろうか。チェイン・キャストを利用した新魔法の基本設計は、夕食前に完成した。魔法式を構築可能な状態にした起動式ではない。あくまでも基本設計、新魔法のシステムとコンセプトを示したものだ。

 後一日かければ、達也は実用レベルの起動式を書き上げられたに違いない。だが彼はわざと、この段階で手を止めた。

 

「(起動式を仕上げるのは、実際に使用する魔法師をよく知っている技術者に任せた方がいいだろうからな……)」

 

 

 そして彼は書き上げた基本設計書を旧第一研、現在の金沢魔法理学研究所へ受取人指定で送信した。

 

「これで新ソ連の侵攻を防ぐことは出来るだろう。後はUSNAがどう動くかだが……ほぼ百パーセント巳焼島に工作員を送り込んでくるだろうな。その隙を光宣に突かれ、水波を連れ去られるという展開だけは何とか避けたいところだ」

 

 

 達也はクラークのように、フリズスキャルヴを使って世界中の情報を常時集めているわけではないが、新ソ連とUSNA――はっきりと言ってしまえばベゾブラゾフとクラークが裏で結託している事をほぼ確信している。元々自分を地球から宇宙空間に追いやる為に考案されたディオーネー計画を推進している二人が、この機に乗じて自分のプロジェクトを妨害しようと動くに違いないと。

 

「問題は、光宣が何処にいるのかが分からないという事か……」

 

 

 だが達也はその二人の動きを問題視はしていない。既に対策は立ててあるし、新ソ連の艦隊は自分が動かなくても何とか出来る目途はついている。

 だが光宣の動きは、達也でも予測がつかない。最終的な目的は水波なので、そこの守りを固めれば良いのだが、自分が不在の時を狙って光宣が攻めてきた場合、深雪がどう動くかが達也には予測が出来ない。もし深雪が光宣を殺すのを躊躇ったら、その隙に水波が光宣の手に落ちる可能性は十分あると、達也はそれが気に掛かっているのだった。




大半は国がどうにかする問題だと思う

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。