三日前、九島烈を殺してしまった日の翌日から神戸の隠れ家に閉じこもっていた光宣がレグルスとレイモンドの前に姿を見せたのは、大亜連合軍にトゥマーン・ボンバが炸裂した日の、夕方の事だった。
「光宣……もう、具合は良いのか?」
レグルスが遠慮がちに問い掛ける。光宣は「気分が優れない」という理由でずっと部屋に閉じこもっていたのだ。
「もう大丈夫です」
具合が悪いといっても、人間だった頃のように体調を崩していたのではない。真実は単に「誰にも会いたくなかった」だけだった光宣は、レグルスにそっけない答えを返した。
「……そうか」
その態度は以前に光宣とは別人のもののようにレグルスには感じられた。人間的ではなく、パラサイトらしくなった。それが、レグルスの受けた印象だ。だが彼は、それを口にしなかった。口にしなくてもその思念は光宣に伝わっていたが、光宣も反応を見せなかった。
「それより、二人とも今朝の魔法には気付いたでしょう?」
「うん。トゥマーン・ボンバだよね、あれ」
「本国からのアクセスはまだないが、あれに関して何らかの指令があると思う」
レイモンドは面白そうに頷いただけだが、レグルスはエリート軍人らしく自分たちの行動に影響があると考えていた。
「ペンタゴンは僕たちよりも詳細な情報を掴んでいるでしょうね。アメリカ本国から何か指示があった場合は、そちらを優先していただいて結構です。ただ、ジャック、今から少し付き合ってもらえませんか」
「今から?」
まだ梅雨は明けていない。雨は降っていないが、今日も曇り空だ。外はもう、すっかり暗くなっている、人目を避ける行動には好ましい時間帯かもしれないが、それにしても今から何かを始めるには遅い時間のようにレグルスは思えたのだった。
「真夜中になる前に帰ってこられますよ」
「……分かった。同行しよう」
デイライト・セービングタイムの現在、スターズ本部があるニューメキシコと日本の時差は十五時間。日本の零時がニューメキシコの午前九時だ。光宣が言う通りなら、外出している最中に本国から指令が送られてくる可能性は低い。もし通信があったとしても、横須賀に潜入した第四隊が後で報せてくれるだろう。レグルスはそう判断したのだった。
ベガ、スピカ、デネブの三人が横須賀基地に潜入した事も、アークトゥルスが潜入に失敗して封印されてしまった事も、レグルスは知っていた。彼だけではなく、レイモンドも、光宣も、パラサイトのテレパシーネットワークで情報を共有していた。
「僕も行って良いだろ? 仲間外れは御免だよ」
「潜入ミッションですよ? レイモンドには向いていないと思いますが」
「問題ない。やれるよ」
「光宣。レイモンドは確かに経験不足だが、戦力にはなる。不慣れな点は私がカバーするから、レイモンドも連れて行かないか」
レイモンドが感情的になっているのを見て、レグルスは仲間割れを回避するため、二人の間に割って入った。表面的にはレイモンドを弁護しながら、光宣の言い分をもっともなものとして認める。このレグルスの論法にレイモンドは口を閉ざした。
「ジャックがそう言うなら」
そして光宣も譲歩を示したのだった。
個型電車や都市間高速電車ではなく、高速道路を使って自走車で一時間と少し。
「あれは、もしかして……?」
「九島本邸。僕の家です」
レイモンドの推測に、光宣が自分から答えを付け足す。光宣、レグルス、レイモンドを乗せた自走車が停まったのは、九島家の少し手前の路上だった。
「自分の家に忍び込むというのも、考えてみれば情けない話ですが……」
光宣が苦笑いしながら車を降りる。レグルスとレイモンドも、それに従った。
「僕がパラサイトになった事は両親にも兄弟にも知られているはずですので、仕方がないですね」
軽く肩を竦めて、光宣が旧島家の裏手は歩き出す。レグルスとレイモンドは一度顔を見合わせて、すぐに光宣の後に続いた。塀の角で光宣が立ち止まり、二人に振り返る。
「ここから先は、想子波動を漏らさないようにお願いします」
「分かった」
「OK」
二人の返事に満足したのか、光宣が再び前進を始める。途中、光宣が何度か魔法を使ったのは、レグルスにもレイモンドにも分かった。だが具体的に何をしたのかは、二人とも分からなかった。
光宣の背中を見失わないようにすぐ後ろを付いていった二人は、いつの間にか高い塀の内側を歩いていた。何時の間にか、高い生垣の間を歩いていた。
そして不意に、小さいけれども古風で立派な扉の前に出た。光宣が小さく息を吐き、肩越しに振り返って二人に告げる。
「もう魔法を使っても大丈夫です。ジャックとレイモンドは、二階と三階の人間を無力化してください。出来れば、殺さないでもらえると助かります」
「了解だ」
レグルスの答えに頷いて、光宣がドアを開ける。こういう状況では当たり前かもしれないが、三人とも靴は脱がなかった。
「わくわくするね」
「不謹慎だぞ、レイモンド」
二階に上がっていく二人の背中を見送り、光宣は一階のダイニングへと足を向けた。何時もなら、両親と兄が食事中の時間だ。もしかしたら、二人の姉も、祖父・烈の葬儀の為に嫁ぎ先から帰ってきているかもしれない。
「(お葬式は次の次の日曜日と言ってたっけ……)」
閉じこもっていても、情報は集めていた。祖父の葬儀の予定を聞いても、予想したほどショックを覚えなかったのが逆に衝撃的だったが、その時は感情が麻痺しているのだろうと自分を納得させたのだった。
普通に考えるなら帰宅だよな……