劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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対抗意識を持ってても興味は惹かれるんだろうな


達也からのメール

 金沢魔法理学研究所、旧魔法技能開発第一研究所は敷地内に研究員用の独身寮を持っている。国立魔法大学第三高校の生徒でありながら研究所員でもある吉祥寺真紅郎は、この独身寮住まいだ。第三高校も第一高校同様、現在は定期試験の真っ直中。とはいえ、吉祥寺は試験勉強にあまり時間を使っていない。翌日の科目を合計二時間復習する程度で、残りの時間は何時も通り研究所の仕事に当てていた。

 世界で最初の「基本コード」の発見者である吉祥寺は、基本コード理論の完成という自分の研究テーマに時間と予算を費やす事を許されている。だが残念ながら、自分の研究テーマだけに取り組んでいられるわけではなかった。

 魔法学はまだ、細分化された専門分野に特化出来るほどには成熟していない。幹部研究員から新たな仮説の検証を依頼されることも少なくない。

 吉祥寺は事実上研究所に寝泊まりしていて、仕事の時間と私的な時間の区別が曖昧になっている傾向がある。彼は今日も夕食後、自分の研究所に戻って研究を再開しようと端末のスイッチを入れた。そして自分宛に、外部からメールが届いているのを発見した。所外からの通信は、全てセキュリティ保持の観点からチェックを受けている。個人用の端末に届いているのは、安全面での問題は無いという事だ。

 

「司波達也からだって……?」

 

 

 吉祥寺はまず、差出人の氏名に目を見張った。研究所宛てに送られているのだから、魔法理論関係のメールだろう。だが吉祥寺と達也の間には、私的なメールどころか研究上の意見を交換する関係も無い。吉祥寺にとって、このメールは唐突なものだった。「いったい何を寄越してきたんだ」と訝しみながら、吉祥寺はメールを読み始めた。

 

「……これはっ!?」

 

 

 本文に途中まで目を通して、読むスピードが加速する。吉祥寺はメールを最後まで読み終える前に、添付ファイルを開いた。そこに書かれている内容が衝撃的過ぎて、すぐ確かめずにはいられなかったのだ。

 

「………」

 

 

 ファイルの中身は起動式の基本設計書だった。起動式自体が魔法式を構築するための設計書の役割を果たすものだが、基本設計書はどんな技術を使ってどういう働きをする魔法式を構築するか、起動式に記述すべき項目と組み込むべきモジュールを記述したものだ。吉祥寺の目をまず釘付けにしたのは、全体像を示すコンセプトではなく、部品であるモジュールの一つだった。

 

「チェイン・キャスト?」

 

 

 それは、吉祥寺が初めて見る技術だった。達也がいったいどこでこんな技術を見つけたのかと気になり先に進むと、その答えはすぐに得られた。

 

「トゥマーン・ボンバの基幹技術だって……?」

 

 

 本物か? と吉祥寺は思った。そんな重要な情報を、司波達也が自分に提供する意味が、吉祥寺には理解出来なかった。改めてモジュールを精読する。手の込んだ悪戯ではなさそうだ、という事はすぐに分かった。

 

「……要求する魔法演算能力が高過ぎる。僕にも扱いきれない」

 

 

 吉祥寺はチェイン・キャストのモジュールを数回読み返しただけで、この技術の重大な問題点に気付いた。吉祥寺は平均的な魔法師に比べて、かなり高い魔法処理能力を持っている。その彼の能力を以てしても、チェイン・キャストは扱い切れるものではなかった。

 チェイン・キャストは小規模な魔法式を連鎖的に複写する事で、空間的に大規模な魔法を実行する技術だ。だが元になる魔法式を複写展開する副次的魔法式の情報量があまりにも膨大だった。全体の効果を考慮すれば、確かに魔法式の規模はコンパクトに圧縮されている。しかしそれでも、一人の魔法師が処理するには過大であるように思われた。

 

「高性能コンピューターを組み込んだCADで魔法師の変数処理を全て肩代わりする事で、負担を減らすというのは分かる。だけど、それにしたって……こんなものを使いこなすのは、剛毅さんだって無理じゃないか? 将輝なら、もしかしたら可能かもしれないけど……」

 

 

 吉祥寺は耳から入ってきた自分の独り言に、ハッと固まった。

 

「(将輝なら?)」

 

 

 今度は、声に出さず思考する。

 

「(……起動式を整理してサイズを抑えれば、将輝なら使いこなせる?)」

 

 

 吉祥寺は改めて、基本設計書の主文を最初から読み返した。そして、目的とする魔法の正体を理解する。

 

「(これはまさか……)チェイン・キャストを利用した海上用超広域『爆裂』の基本設計か!?」

 

 

 吉祥寺はまだ目を通していなかった、メール本文の末尾に戻った。そこには「吉祥寺と一条の健闘を祈る」と書かれていた。

 

「……先日の大亜連合軍と新ソ連軍の争い終結からまだ時間が経っていない事を考えれば、この魔法を将輝に使わせたい意図があるという事だ。僕も警戒しておいた方がいいと思っていたが、司波達也がこんなものを僕に送ってきた事を考えると、あまり時間はないという事なのかもしれない……」

 

 

 吉祥寺は前に達也が深雪に告げたように、新ソ連軍が勝利の勢いそのままで日本に侵攻して来るのではないかと考えていたが、それでもそこまでの脅威を感じていなかった。だが達也から送られてきた設計書を見て、かなり重大な事になるのかもしれないと、自分の研究を脇に置いて新魔法の開発を急ぐことに決めたのだった。




使えるものは何でも使う精神

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