劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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好戦的なのはもともと


パラサイト化の影響

 スターズの指揮系統に関する規則では、作戦に関する指令はペンタゴンの参謀本部から総隊長に直接下される事になっている。だが総隊長不在の現在、その指令は基地司令官から届けられた。

 現地時間、七月四日午前十時。日本時間、七月五日午前一時。スターズ本部基地司令官・ウォーカー大佐は、ディスプレイに表示された命令文に絶句していた。

 

「建設中の恒星炉プラントに対する破壊工作は理解出来るが……」

 

 

 それはかねてから検討されていた作戦案だ。戦略級魔法師・司波達也の脅威を取り除く方策として、彼が提唱する恒星炉プラント計画を潰した上で国際的な圧力によりディオーネー計画への参加を強制するというプラン。司波達也の暗殺という直接的な手段より確実性は落ちるが、実行の際のリスクは小さく現実的な作戦として、一度はゴーサインが出たものだ。

 その後、パラサイトの発生とそれに伴う叛乱騒ぎで作戦は事実上中止されているが、命令自体は効力を失っていない。今回の指令はいわば棚上げになっている作戦の再スタートを指示するもので、意外感を覚えるのはおかしいかもしれない。

 

「……新ソ連の極東艦隊が出動している隙に任務を遂行せよとは」

 

 

 だが、ディオーネー計画に関して、USNAと新ソ連が協力関係にあるのは知っていたが、まさか軍事行動で連携するとは思いもよらない事だった。少なくとも、新ソ連軍と砲火を交えた経験を持つ軍人にとっては。

 

「昔の事に拘ってはならないのだろうが……」

 

 

 感情的に、納得出来ない部分がある。ウォーカーのような高級士官でさえそうなのだ。実際に命の遣り取りをした兵士がどう感じるか。一抹の不安を覚えずにはいられない。

 

「人選には慎重を期さなければならないが……いや、私が考えるべき事ではないか」

 

 

 スターズから出動するメンバーは、日本へ潜入済みのレグルスやベガたちになる。これについては、今から検討し直す余地が無い。彼らをサポートする人員は別の部隊から派遣される事になるが、その選定はウォーカ-の権限外だ。

 そう言えばと、ウォーカーは思い出した。

 

「(恒星炉プラントに対する破壊工作は先月上旬、既にアークトゥルス大尉とベガ大尉に命じている。日本潜入直後に重傷を負ったアークトゥルス大尉は、この作戦に復帰可能なのだろうか?)」

 

 

 そんな事を考えながら、ウォーカーは作戦の成功を夢見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月五日早朝。国防海軍横須賀基地では、敷地内を走る二人の米軍女性士官の姿が見られた。現在横須賀には、USNAの空母が寄港している。米軍士卒が歩き回っていても、それだけで目を引くという事は無い。

 彼女たちが目立っていたのは、二人が共にファッション誌の表紙を飾っていてもおかしくない外見だからだ。片方は栗色のショートカットに茶色の瞳、都会的な美女。訓練用の飾り気がない半袖シャツ姿でもお洒落に見せる雰囲気を持っている。もう一人は銀髪ロングに青い瞳の、グラマラスな北欧系美人。タンクトップを大きく盛り上げる胸のボリュームが男性兵士には目の毒だ。

 

「あっつぅい……」

 

 

 軽いジョギングではない。ダッシュ、ジャンプ、スクワット、ストレッチを組み合わせたかなりハードなトレーニングを終えて足を止めた北欧系美人――レイラ・デネブが、手で胸元を煽ぎながら呻いた。

 

「日本ってこんなに暑いんでしたっけ……」

 

「今の季節は熱帯海洋性気団の影響で高温多湿になるらしいわよ」

 

 

 レイラの疑問とも愚痴ともつかないセリフに、都会派美人――シャルロット・ベガが額を流れる汗を拭いながら答える。

 

「スピカ中尉が外に出たがらない理由が分かった気がします……」

 

 

 今レイラが口にした「スピカ中尉」を含めて、彼女たち三人は日本に潜伏したスターズの隊員だった。三人とも、来日する前にパラサイト化している。半ばだまし討ちの格好でパラサイトを植え付けられたのだが、同化が完了した彼女たちがそれに不満を懐く事は無い。

 

「『インディペンデンス』が戻ってきたわね」

 

「良い報せがあると良いのだけど」

 

 

 インディペンデンスが夜の海に出ていたのは、艦載機の夜間発着訓練のためだ。だがその裏には、無線に乗せられない本国からの極秘指令・マル秘情報を受け取る目的があった。

 

「裏切り者の小娘の居場所が早く分かると良いのですが」

 

 

 レイラが苛立ちのこもった声でベガのセリフに続く。彼女が口にした「裏切り者の小娘」は、言うまでもなくリーナの事だ。

 

「見つからなければ差し出させるまでよ」

 

 

 リーナはどうやら日本政府以外の組織に匿われているようだ――恐らくは四葉家の息のかかった施設に匿われている――、というところまでは分かっている。しかし彼女の潜伏先を日本政府が――日本軍が知らないはずはない。日本軍がどういうつもりで「裏切り者のシリウス」の行方を隠しているのか分からないが、圧力を強め続ければ遠からず白状するはずだ。何なら、怪しい施設を二、三箇所破壊すれば舌の回りも良くなるかもしれない。

 ベガは元々、政治的な損得をあまり考えない方だったが、それでもこんな、テロリストじみた事を本気で考える軍人ではなかった。彼女のメンタリティは、パラサイト化したスターズ隊員の中でも顕著に変質していたのだった。




政府を脅したところで、達也に脅し返されるだけ……

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