達也がその連絡を受け取ったのは午後五時過ぎ、四葉ビルに戻ってきた後だった。通信端末に入電した伝言に、ワンタッチ送信をする。その直後、居間の電話が鳴った。ヴィジホンに出ようとする深雪を制して、達也はソファから立ち上がった。
コンソールのサブディスプレイに目を走らせ、暗号装置が最高強度で作動しているのを確認して、達也は回線を開くボタンを押す。ディスプレイの中の風間は、如何にも済まなそうな表情を浮かべていた。
『達也、寛いでいるところすまないな』
「いえ、緊急とのことでしたから」
情報端末に入ったメッセージは「緊急の用件につき、電話に出られる状態になったら合図して欲しい」という趣旨の定型文だったのだ。
「それで、何が起こったのですか?」
『大亜連合の劉麗蕾が我が国に亡命してきた』
「……何故そんな事に?」
『大亜連合は今朝、新ソ連に対して休戦を提案した』
「大亜連合としては妥当な判断でしょう」
『それに対し、新ソ連は条件付きで休戦を受諾すると回答したようだ』
「降伏は要求しませんでしたか」
『今はまだその時では無いと判断したのだろう』
大亜連合は日本相手の屈辱的講和に対する不満で、政情不安が生じていた。そこに今回の、事実上の敗戦だ。反政府運動・分離独立運動の鎮圧で国力を消耗する事が予想される。国家の分裂も、あり得ない事ではない。
ここで新ソ連が大亜連合に対して圧力を高めれば、逆に大亜連合内部の結束を強めてしまう結果になるかもしれない。それより、大亜連合の統治が弱体化するのを待って南下する方がローコスト・ハイリターンだ。おそらく、新ソ連政府も達也と同じような事を考えたに違いない。
『新ソ連が提示した条件の一つに、戦争犯罪人の引き渡しがある』
「あの国は報復裁判劇場を開催したがっているようですね」
『戦争犯罪人のリストに、劉麗蕾の名前が載っているそうだ』
達也が吐いた毒を無視して、風間は要点に触れた。
「それが亡命の理由ですか」
『劉麗蕾の協力者はそう言っている』
「一緒に亡命してきた士卒ですか」
『そうだ。劉麗蕾の護衛部隊を務めていたらしい』
「護衛部隊? 怪しいと思いますが」
戦略級魔法師が寝返れば、戦力バランスは不利な方向へ大きく傾く。戦略級魔法師の裏切りや逃亡は、最大限警戒されているはずだ。戦略級魔法師に付けられた護衛は、同時に監視役であるとも考えて差し支えない。
『その者たちは、将来に向けて国家公認戦略級魔法師を温存する為だ、と言っていたそうだ』
「もっともらしい口実にしか聞こえません」
『国防軍も亡命を偽装した工作員の可能性は忘れていない』
「失礼しました」
『いや、警戒するのは間違いではない。亡命の真偽は別にして、彼女たちを受け容れた基地でも事情聴取の最中だ。そこで特尉の力を借りられないかという話が出ている』
「拷問なら兎も角、訊問のお役に立てるとは思えませんが」
『……訊問の手伝いを依頼したいわけではない』
風間はカメラの向こうから、達也の真意を窺うような目を向け、拷問云々を冗談と理解したようで、彼はその件はスルーした。
『特尉、貴官は相手の魔法発動を封じる術式を持っていたな?』
「『ゲートキーパー』の事ですか?」
『その魔法で劉麗蕾の「霹靂塔」を封じてもらえないだろうか』
「通常の対抗魔法で対応出来ないのですか? CADを取り上げれば魔法の阻害は随分やりやすくなると思いますが」
『劉麗蕾はCADを持っていないそうだ』
「……それは、CADを使わないという意味ですか?」
『護衛部隊の隊長の証言によれば、劉麗蕾は「霹靂塔」と電磁場遮断の二種類の魔法に特化していて、他の魔法は使えない代わりにこの二種類についてはCADを必要としない』
「二種類の魔法に特化……」
この時達也が懐いた思いは、自分と同じ二種類の魔法に特化している事に対する親近感ではなく「偶然なのか、必然なのか」という疑念だった。
「(補助手段を必要とせず魔法を使いこなすのは、二種類が限度なのだろうか?)」
達也がそのような疑念を懐いているなどと思いもせず、風間は申し訳なさそうな表情で話を続けた。
『劉麗蕾の魔法を無力化出来ないと知った基地司令は、悩んだ末に戦略級魔法師の部下を持つ佐伯閣下に協力を求めたという次第だ』
正しくは、達也は佐伯の部下ではない。戦闘時、佐伯の指揮下に入る民兵だ。だがそれは風間も承知している事で、達也はわざわざこの場でそれを指摘したりはしなかった。
「劉麗蕾を保護している基地は何処ですか?」
『小松基地だ』
「この近辺に移送できないのでしょうか?」
『難しいな。完全に敵では無いと判明していない戦略級魔法師を、首都に近づける事は出来ない』
風間の言い分を、達也は尤もだと思った。だから自分もリーナを新居にではなく巳焼島に住まわせている、という点は達也も否定しない。彼女自身が自分を裏切るつもりが無いと思いながらも、彼女がUSNAが保持している最大戦力であるという事も忘れていない証拠だ。
「(母上にそんな考えがあるかどうかは分からないが)」
四葉家当主・四葉真夜の性格を思い出し、達也はただ単に国防軍に対して嫌がらせをしたいだけなのではないかと、そんな事を考えたのだった。
いつ切られてもおかしくないのに