劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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警備が笊と言わざるを得ない……


影たちの動き

 妹の目をしっかりと見つめ、将輝は言いづらそうに頬を掻きながら、それでも曖昧にするべきではないという決意を携え尋ねる。

 

「茜、親父はああいっているが、断っても良いんだぞ」

 

「……良いよ、やる」

 

 

 将輝の問いかけに茜は大きく目を見開き、そしてフイッと顔を背けた。将輝からも剛毅からも目を背けたまま、茜ははっきりとした口調でそう答えた。

 

「兄さんに守ってもらう必要もない。ただ、もしもの時は兄さんの手でけりを付けて」

 

 

 妹が見せた覚悟に、将輝が絶句する。彼は茜を、才能は兎も角メンタリティは平凡な少女だと思っていた。だから彼女の答えは将輝にとって、思いもよらないものだった。

 

「茜はああいっているが、将輝、お前はどうする」

 

「当然、引き受ける」

 

 

 剛毅の問いに、将輝が即答する。将輝の顔には「妹だけに押し付けるなんて格好悪い真似ができるか!」と書かれていた。

 

「分かった。国防軍には承諾を伝えておく」

 

 

 将輝のそんな表情を見て、剛毅が満足げに頷いた。

 

「ところでふと思ったんだが、俺たちが小松基地に行くより劉麗蕾を家で預かった方が良くないか?」

 

 

 きまり悪げに目を逸らした将輝が、照れ臭さを誤魔化すようにそっけない声で思い付きを口にする。将輝の提案に剛毅は意外感を隠さず「どうしてそう思う」と問い返した。

 

「そりゃあ……基地から離した方が施設を攻撃されるリスクは低下するだろうし、一緒に亡命してきた軍人とも分断できるだろう?」

 

「なるほど。劉麗蕾は茜と同じ十四歳だ。決断を委ねられる大人と引き離す事で、自爆的な破壊工作を思いとどまらせられるかもしれんな……」

 

 

 剛毅は将輝に対してというより、自分に話しかけているような口調で呟いた。

 

「その件も国防軍に伝えておこう」

 

 

 剛毅は愉快気な笑みと共に、将輝にそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月六日、十六時。一台の軍用トラックが座間基地に到着した。近畿の師団に属する輸送車だ。トラックはゲートのチェックをすんなりパスして、基地の内部に侵入した。

 

「随分あっさり到着したね」

 

 

 荷台から飛び降りたレイモンドが、後続の光宣に拍子抜けの口調で話しかけた。

 

「トラックも運転手も他の乗員も本物ですから。疑ってかかる理由はありませんよ」

 

 

 彼らが使った車輛は九島家が国防軍に手を回した物だ。厳密に言えば不正な便宜供与だが、この程度の特別扱いは九島家相手、十師族相手に限らずよくある事。トラックを出した部隊長は、持ちつ持たれつの相手から受けた些細な依頼にその意図を疑う事さえしなかった。

 レイモンドとレグルスだけでなく、光宣も仮装行列で白人青年に変装した上でUSNA軍の制服を着ている。国防軍の車輛にUSNA軍の兵士が載っているのは本来不自然だが、ゲートのチェックでは荷台の中まで確認されていない。

 

「手を抜いているという感じはなかったな。それより、必要以上の事をしている余裕が無いという印象だ」

 

 

 レグルスがそのような印象を持ったのは、今のゲートだけではない。彼らが乗ってきたトラックは戦後再建された東名高速を通ってきたのだが、何度か停められることはあっても、やはり荷台の中を検査される事は無かったのだ。途中、光宣を捕まえる為に出動中の国防陸軍第一師団所属・遊撃歩兵小隊がいる東富士演習場のすぐ側を通ったのだが、そこでは停車を求められる事さえなかった。

 

「注意も人員も北に向かっているという事でしょう」

 

 

 レグルスの意見に、光宣は控えめな推測を返す。

 

「光宣の予想通りというわけか」

 

 

 レイモンドのセリフには、然して誇らしげでもなく、小さく微笑むことで光宣は応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座間基地は「日米共同利用基地」に指定されている。二十世紀世界群発戦争の際に全部隊が本国へ引き上げ、在日米軍基地は消滅した。その代わり日米同盟に基づき、自国の基地と同様に利用出来る基地が相互に設定された。座間はその一つだ。

 だから、USNAの軍人が基地内を歩いていても見咎められる事は無い。軍服を着ていれば認識票を改められる事さえない。光宣たち三人は堂々とアークトゥルスを保護している輸送機に乗り込んだ。

 輸送機は達也が脱出の際に空けた床の穴とアークトゥルスがトマホークでぶち抜いた壁の穴の所為で飛び立てなくなっている。一両日中に代替機が到着する予定だ。輸送機内には当直の兵士がいるだけで、他の乗員は米軍用の宿舎に寝泊まりしている。

 達也の襲撃は、日米双方の思惑から無かったことにされていた。機体の破損はあくまでも着陸時の事故によるもの。日本軍は基地内に破壊工作員の侵入を許してなどいないし、米軍にはテロリストによる被害者など存在しない。アークトゥルスと三人のパラサイトは、輸送機に乗っていなかったことになっている。

 こんなもみ消し工作じみた真似は、普段であれば通用しなかっただろう。だが大亜連合が新ソ連領内に侵攻した事で、軍の意識は北に向いていた。この時期に好んでUSNAとの間にトラブルを持ち込もうとする者は、現場にも上層部にも殆どいなかった。達也が呪具の剣を突き立て幹比古が術を行使する事で封印されたアークトゥルスの「遺体」は、代替機でUSNAに送り返される予定だ。現在は棺桶サイズの冷凍機能付きコンテナに保存されている。




車が本物でも、荷台のチェックくらいはしろよ……

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