達也の答えにだけではなく、その雰囲気に圧されはしたが、元も元治もその程度で動揺を表に出す事は無かった。
「ミッドウェー軍事刑務所から囚人を連れ出す? それは四葉殿もご存じの事か?」
「当主・真夜の承諾は取ってあります」
これも嘘では無い。達也はリーナから相談を受けたその日に、依頼内容を真夜に報告している。真夜の答えは、「無理をするな」だった。「可能なら決行、見込みが薄ければ放置」の方針だ。
「……理由を訊いても?」
達也にこう訊ねたのは元治だった。
「当家で保護している、亡命者からの依頼です」
「亡命者? そう言えば政府がアメリカからアンジー・シリウス少佐の引き渡しを要求されていたが……四葉家で保護しておられるのか!?」
「依頼者は、シリウスではありません」
元治の推測を、達也はきっぱり否定する。達也に、嘘を吐いているつもりは無い。彼が匿っているのは『九島リーナ』という名の少女だ。リーナが『アンジー・シリウス』の名を持っていたのは事実だが、それはあくまでも偽名であり仮面だった。自分が米軍とアメリカ政府の詐術に付き合う義務はないと達也は思っている。たとえ人間の嘘を百パーセント暴く発見器があったとしても、達也の言葉に虚偽は見いだせないだろう。元治も、達也が口にした否定を疑わなかった。
「……依頼人が誰であるにせよ、ミッドウェー監獄に手を出すのは利口では無いと言えるだろうな」
「今のミッドウェーがどのような所か、ご存じなのですか?」
元が遠回しに「止めるべきだ」と言っているのは達也にも理解出来たが、彼は元の意見を意図的に無視した。
「監獄内部は知りようも無いが、周辺の状況ならばだいたい分かっている」
達也だけでなく、深雪も次の言葉を待って元を見詰めている。元は深雪が達也を制止するのではと期待していたが、当てが外れたと知ってため息を吐いた。
「我々が知っている事はお教えしよう。だが、実行に際しての支援は期待しないでもらいたい」
「心得ております」
「……ミッドウェー島には警備の陸上兵力が置かれているだけで、輸送船以外の海上兵力は配備されていない。あの島には航空兵力もない。おそらく、囚人に奪われるのを警戒しているのだろう」
「海上・航空基地は別の島にあるんですね?」
「島というか、人工島だな。パールアンドハーミーズ環礁に半フロート式の巨大人工島が造られている。駐留している戦力は、約半年前のデータだが……」
パールアンドハーミーズはミッドウェー島の東南東約二百五十キロに位置する環礁だ。北西ハワイ諸島に属している。大規模な環礁の内側に砂で出来た島が点在しているが、USNA軍の基地がある人工島は珊瑚礁の内側ではなく外側に建造されている。
所属艦艇は空母一隻、対空護衛艦二隻、駆逐艦二隻、潜水艦一隻。人工島自体に滑走路は無いが、空母の艦載機は七十機以上。元が提供した情報は、要約するとそんな内容だった。
「戦略級魔法でもない限り、個人には対抗しようのない戦力だ」
達也が戦略級魔法師であることは、まだ公開されていない。だが元の意味ありげな口調と視線から察するに、彼はその事を知っているようだ。
驚くに当たらない。達也がリーナから聞いた話によれば、マテリアル・バーストの事はスターズ上層部に知れ渡っているらしい。新ソ連も、ベゾブラゾフ一人に情報が留まっているという事はないだろう。ベゾブラゾフがエドワード・クラークからマテリアル・バーストの事を聞いた席には、イギリスのマクロードも同席していた。
たぶん日本国内でも、自分が戦略級魔法師であるという事実はあちこちで語られているに違いない。三矢家は国の内外に広く情報網を張り巡らせている。その当主が蚊帳の外に置かれているとは、むしろ考え難かった。
「ミッドウェー島の陸上部隊はどの程度の規模なのですか?」
パールアンドハーミーズ基地の所属艦隊は確かに強力だが、軍隊同士の戦闘に備えた物だ。USNAと正面から喧嘩するつもりは、達也には無い。彼にとって障碍になるのは、ミッドウェーの駐留部隊の方だ。
「あくまでも実行されるおつもりか……」
元がため息交じりに呟く。しかしそこに、驚きや意外感はない。隣の島に大兵力が控えているくらいのことで四葉家の魔法師が尻込みするとは、彼も考えていなかった。
元が息子に目を向ける。元治は合図を受け取る前から、手元のノート型端末にデータを呼び出していた。
「監獄内のスタッフを除き、兵員は二百から二百五十人と推定される。内、一小隊は魔法師部隊だが、スターズではない」
「武装のレベルは?」
「監獄屋上にフレミングランチャー二門が確認されているが他は対人武装だ」
達也の質問に、元治はよどみなく応えていく。三矢家が保有している情報はかなり詳細なものだった。三矢家訪問で、達也は満足のいく成果を得られたが、一方の三矢家は、元も元治も対価を要求しなかった。下手に対価を要求して、自分が失敗した時に関わっていたと思われるような事を避けたのだろうと、達也も三矢家が何も要求してこなかったことに対して、疑問を懐くことはなかった。
裏までしっかり読まれてる……