劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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保身の為には仕方がない


三矢家の対応

 深雪がミッドウェーの件を達也に尋ねたのは、四葉ビルの中にある自室に戻ってからだった。いくら個型電車がプライバシーを保証しているからとはいえ、外で話せることではなかった。

 

「達也様……本当に、行かれるのですか?」

 

 

 カノープス脱獄作戦は、真夜に報告する前に深雪には話してある。彼女はその時から消極的反対のスタンスだったが、彼女の予想を超えた兵力の存在を聞いて、ますます不安になったのだった。

 

「ああ、時期は決めていないが、近い内にトライする」

 

「……リーナのお願いだから、ですか?」

 

 

 深雪に心配をかけるのは、達也としても心苦しいが、知らぬ顔が出来る案件でもなかった。達也の答えを聞いて、深雪が一層表情を曇らせて質問を重ねる。嫉妬の成分がゼロパーセントとは深雪本人にも言えないだろうが、単なる嫉妬でもない。深雪の声は、もっと深刻な響きを帯びていた。

 

「それはきっかけに過ぎない。カノープスは容易ならざる相手だ。もしかしたらベゾブラゾフやシリウスよりも強敵かもしれない」

 

 

 「リーナ」ではなく「シリウス」。性格的な弱さは考慮せず、魔法力だけで見ればリーナは確かに達也や深雪に匹敵する。そのリーナ、つまり「シリウス」よりも手強いかもしれないというのが、達也がカノープスから受けた印象だった。

 

「カノープスがパラサイト化して敵に回る。それは可能な限り避けるべき未来だ。その芽を摘む為にカノープスを脱獄させる」

 

「ですが……」

 

 

 ミッドウェー島、北西ハワイ諸島はUSNAの領土だ。遠距離から爆発するなら兎も角、潜入して囚人を連れ出すなど危険すぎる。深雪は最初にこの話を聞いた時にも、達也にこう言って翻意を促した。

 

「無理はしない。脱獄が難しそうなら、監獄ごと爆殺する」

 

 

 このセリフも初めてのものではない。また、深雪を宥める気休めでもなかった。達也はマテリアル・バーストでミッドウェー監獄を爆発するアイディアを捨ててはいない。彼にとって優先すべきはリーナの歓心を買う事ではなく、自分たちにとっての脅威を取り除くことだからだ。

 

「それにまだ、具体的なプランは何も決まっていない。今の情勢は極めて流動的だ。もしかしたら基本的な方針から見直さなければならなくなるかもしれない」

 

「はい……」

 

 

 達也が言っている事は一般論で、深雪も心から納得したわけではなかった。二人ともこの時点で、一般論が現実のものとなる未来を予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三矢家の当主と次期当主は、達也と深雪を送り出した後、そのまま話し合いに入った。

 

「父さん、四葉家のミッドウェー監獄襲撃計画を国防軍に報告した方が良くはないですか? アメリカ軍に情報をリークすることも視野に入れるべきだと思いますが……」

 

「……いや、それは信義に反する。同じ十師族を軍やアメリカに売るような真似は出来ない」

 

 

 元は息子の提案を却下した。だが「迷わず」ではない。元の内心も揺れ動いていることは、歯切れの悪い口調に現れていた。

 

「ですが今日の事を黙ったままでは、最悪、三矢家は四葉家の共犯者にされてしまいます」

 

「……そう思われないように、見返りを要求しなかった」

 

 

 達也が思った通り、元が達也に見返りを要求しなかったのは共犯者にされるのを避ける為だったが、元治はそれで納得する事は出来なかった。

 

「それだけで納得が得られるとは思えません」

 

 

 息子の言葉に元が黙り込む。元治が言うように情報提供に代償を求めなかった程度では、弁明の根拠として弱すぎる。それは元にも分かっていたのだ。

 

「……アメリカにリークするのは駄目だ。それでは師族会議の理解を得られない」

 

 

 元は長い沈黙の後、ゆっくり頭を振りながらそう答えた。いくら四葉家の暴走を止める為だからと言っても、国外に情報を流して貴重な戦力を失わせたと言われたら、四葉家だけでなく三矢家も師族会議内での発言力を失い、最悪十師族から外されてしまうかもしれないと考えたのだ。

 

「では少なくとも国防軍には、司波殿のプランを警告という形で伝えておくべきです」

 

「……そうだな」

 

 

 今度は元も、頷かざるを得ない。もし達也がミッドウェー監獄襲撃を実行し、その事が問題になった時、知っていたのに報せていなかったという理由で責められるのも避けるべきだと考えたのだろうと、元治は父親の反応からそう感じ取った。

 

「だがリーク先は慎重に選べよ。反魔法主義闘争に利用されでもしたら、七草家や九島家の二の舞だ」

 

 

 元の言葉に、今度は元治がしっかり頷く。師族会議の内容は基本的に会議室内以外には知られていないのだが、彼は前の師族会議で七草家や九島家がつるし上げられたことを知っていた。

 

「まず、司波達也殿と関係が深い第一〇一旅団の佐伯少将に話してみようと思います」

 

「そうだな。佐伯少将ならば、司波殿と決定的に対立する事もあるまい」

 

「ではさっそく手配します」

 

 

 元治が立ち上がる。この時元も元治も決定的な勘違いをしていた。たとえ佐伯が達也と決定的に対立するつもりがなくとも、達也の方には佐伯に対して手加減する理由など無いという事を失念していたのだ。




何故達也が国防軍の言う事を聞くと思ってるのだろうか……

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