劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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聞きたくなくても聞こえちゃうから


見いだせない解決策

 元と元治が犯した失敗は、達也の性格の読み間違えだけではない。二人は部屋に鍵をかけたことで安心しきっていたが、元治が立ち上がると同時にドアの外で小走りに去る足音も聞き逃していた。

 

「(大変な事、聞いちゃった……)」

 

 

 詩奈は自分の部屋に駆け込んで、絨毯の上にペタリと座り込んだ。両手にはコップを下げる為のお盆を抱えたままだ。

 彼女は鋭敏すぎる聴覚の持ち主だ。常人には知覚できない微かな空気の振動を音として識別出来る代わりに、日常的な生活音が詩奈には耐え難い騒音として襲いかかる。肉体的には何の異常も見つかっていない。それ故に、無意識に聴覚強化の魔法を常時発動しているのだろうと推測されている。眠っている時は聴覚過敏――一般的な聴覚過敏症ではなく文字通りの意味――に悩まされないのがその傍証だ。

 ただその魔法は外部から観測出来ない。完全に自分の内部で魔法が完結している為、具体的な対策を立てられずにいる。今のところ対症療法的に、マイクとスピーカー付きの完全遮音ヘッドホンで詩奈にとっては大きすぎる音を調節している。カップの外部に就いたマイクが拾った音を、カップ内部のスピーカーが詩奈に害のない音量で再生する。

 彼女は基本的に入浴時と睡眠時以外、ヘッドホンを外さない。今もつけているし、コップを下げに応接室の前まで行ったさっきも付けていた。彼女の耳を守るヘッドホンは、外部の音を詩奈が耐えられる音量に調節する物だ。小さな音を増幅する物ではない代わりに、最初から無害な音を弱めたり遮ったりもしない。どんなに微かな空気の振動でも、マイクに入力された通りに再生する。普通なら聞こえるはずのない重厚なドアに遮られた室内の声も、詩奈の耳は聞き分けられた。意識して聴覚を強化しているわけではないから、詩奈に盗み聞きの意図が無くても聞こえてしまうのだ。

 

「(「司波殿」って司波先輩の事だよね? 先輩の事を、軍に告げ口する?)」

 

 

 詩奈が聞いたのは「アメリカにリークするのは」以降の会話だ。「司波殿のプラン」が何なのか、詩奈は分かっていない。ただ「反魔法主義闘争」とか「七草家や九島家の二の舞」とか「決定的に対立」とかのフレーズから、きな臭い話だった事は何となく感じ取った。

 

「(どうしよう……)」

 

 

 父と兄が、達也に対して背信行為を働こうとしている。詩奈はそう理解した。家族と達也、どっちを取るのかと問われれば、考えるまでもなく家族だ。だが詩奈の価値観では、裏切りは悪。告げ口は卑怯。家族だからと言って悪事を見逃すのは、違うような気がしていた。

 

「(この事を司波先輩に話すべきかしら……)」

 

 

 だがそれでは自分が告げ口をする事になってしまう。詩奈は自縄自縛に陥った。

 

「こんな事、侍朗君にも相談できないし……」

 

 

 こういった時、詩奈にとって頼れるのは幼馴染であり恋人でもある侍朗なのだが、そもそも「達也のプラン」が何なのか分からない以上、相談したところで解決策が浮かぶとも思えない。なら侍朗を巻き込むべきではないと詩奈は思ってしまった。

 

「泉美さんに相談しても、同じことだろうしな……」

 

 

 自分が困った状況に陥った時、泉美は無条件で自分の味方になってくれる。それは詩奈も感じ取っていたことだし、実際達也が父親か兄に面会したいと言ってきた時も、自分が聞きにくい事を代わりに聞いてくれたりもしてくれたのだ。

 

「どうしたらいいんだろう……」

 

 

 結局はそこに帰りついてしまい、詩奈は暫くその事で頭を悩ませることになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月七日の今日は、七夕であり、日曜日であり、国立魔法大学付属各校の生徒にとっては定期試験が終わった直後の休日である。例年であれば、各校の生徒会や代表に選ばれた選手は九校戦の準備に忙しい時期だが、今年は大会が中止されている。一高生徒会も今日は休み。生徒会長を務める深雪にとっては、久しぶりに予定が何も入っていない一日となった。

 

「達也様、今日は私も連れて行っていただけませんか?」

 

「巳焼島にか?」

 

「はい。今日はリーナの様子を見に行かれるのでしょう?」

 

 

 達也は昨日と一昨日、巳焼島を訪れていない。一昨日も短時間顔を見せただけだ。リーナを疑うわけではないが、他国の戦略級魔法師を匿っているだけで放置するのは好ましくないだろう。達也だけでなく、深雪もそう考えていた。

 

「水波のお見舞いを済ませた後、すぐに出る予定だった。すまない、最初からお前も連れていく予定にしておくべきだったな。今日が日曜日だという事をうっかり忘れていた」

 

 

 世間の休日を意識せずに済む世捨て人のような物言いに、深雪がクスリと笑い声を漏らす。

 

「では?」

 

「ああ。病院の後、巳焼島にも一緒に行こう」

 

 

 達也の言葉に、深雪は満面の笑みを浮かべる。そして胸の前で両手を合わせて達也の顔を見上げる。この格好は、大抵些細なお願いをする時に見せるのだが、深雪にとって達也にお願いをする時は何時も緊張するのだ。

 

「でしたら、エアカーに乗せていただけませんか?」

 

「いいとも。久々の、ではないな。初めての海上ドライブを楽しんでくれ」

 

 

 達也のセリフに、深雪は無邪気に目を輝かせて微笑んだ。ただその笑みは「海上ドライブ」に対する笑みではなく、「達也とのドライブ」に対する物だと、達也は気付いていなかった。




やっぱり原作を活かすと深雪が圧倒的有利だな……

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