劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これが長続きすればいいんだが……


一時の平和

 この後巳焼島に一緒に出掛ける事になったからか、深雪の服装は普段より少しお洒落しているような形になっている。もちろん、化粧などとは無縁な美貌の持ち主なので、顔は何時も通りなのだが、何時もより少し綺麗に見えてしまうのは、深雪の内側からにじみ出る嬉しさ故か。

 

「深雪様、何か良い事でもあったのでしょうか?」

 

 

 見舞いに来てくれた深雪の表情を見てすぐ、水波がこのような質問をしたのも、彼女が深雪のちょっとした変化に気付いたからだ。

 

「この後達也様と巳焼島にご一緒する事になったのよ。エアカーも楽しみだけど、リーナに久しぶりに会えるのも楽しみだわ」

 

「そうでしたか」

 

 

 深雪が嘘を言っているわけではないということは、水波も理解した。だがそれだけでこれほど印象が変わるわけがないという事も理解していた。深雪が本当に楽しみにしているのは、エアカーでもリーナでもなく、達也と一緒に遠出をする事だという事を。

 

「ところで、その達也さまはどちらに?」

 

「この後巳焼島に向かうから、警備の責任者の方と少し話があると仰って夕歌さんとそちらに向かったわ。後でこっちにも顔を出してくれるはずだから、そんなに残念そうな顔をしないの」

 

「そ、そのような顔をしているつもりはありません」

 

 

 水波とて年頃の少女だ。自分が想いを寄せている相手が自分に興味がないのかと思えば寂しそうな表情を浮かべるし、その事を指摘されれば赤面くらいする。そんな事が深雪にはたまらなく嬉しく、また微笑ましく感じられる。

 

「水波ちゃんもそろそろ退院だし、そうなれば達也様と過ごせる時間は今以上になるから、もう少し我慢してね。今の情勢を喜ぶのは本当はいけない事なのかもしれないけど、そのお陰で達也様は四葉ビルを拠点としてくれているのだから」

 

「他の婚約者の方々も納得してくださっているのですから、そこは深雪様が気に病む必要は無いのではありませんか?」

 

「そっちじゃなくて、戦争に巻き込まれてる人たちの事よ。エリカやほのかたちは達也様が忙しい理由を知っているから、寂しそうではあるけど私に嫉妬してる様子はないわよ」

 

「なら良かったです。達也さまの事ですから、後でしっかりとフォローしてくださるでしょうから、嫉妬心が募って深雪様に危害を加えるような事はないでしょうし」

 

「あら、エリカやほのかたちが私に敵対するとは思えないけど? まぁ、私が逆の立場だったら、ひょっとしたらあり得たかもしれないけどね」

 

「あまり冗談に聞こえないのですが……」

 

「もちろん、冗談よ?」

 

 

 空々しい態度だったが、水波は深雪に強くものを言えない立場なので、深雪が冗談だといえばそれを受け容れるしかない。もちろん、本当にそんな事になりそうになったとしても、達也が何とかしてくれるだろうと思っているので、本気では心配していないのだが。

 

「随分と楽しそうだな」

 

「達也さま、わざわざご足労戴きありがとうございます」

 

「気にするな。水波は深雪を守ってこのような状況に陥っているのだから、俺がお前を見舞うのは当然の事だ」

 

「もったいなきお言葉」

 

 

 このやり取りも、もう何度目か分からないのだが、水波は達也が病室に顔を見せると必ずと言っていい程恐縮して頭を下げる。達也の方も割と本心から言っているのだが、水波はそれを信じ切る事が出来ないのだ。

 

「さすがに今すぐ光宣が攻めてくることはないだろうが、近い内に現れる可能性が高い。前にも言ったが、俺は水波が光宣の側にいたいと思うのならそれを止めるつもりは無い。だが光宣が強引に水波を連れて行こうとしたら、水波の同意なくパラサイトにさせようとするのなら容赦はしない」

 

「私の想いは、以前達也さまにお伝えしました。その気持ちに変わりはありませんし、人間を辞めるつもりもありません」

 

「そうか」

 

 

 水波の気持ちは達也も深雪も聞いている。少しくらい光宣との間で揺れるかとも思ったのだが、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。

 

「退院したら水波も試験があるから、もし必要なら俺が解説くらい出来るから遠慮するな」

 

「た、達也さまのお手を煩わせるつもりは毛頭ありません! 泉美さんや香澄さんから出席出来なかった分の範囲の説明は受けておりますし、復習もしっかりとしていますので」

 

「あらあら水波ちゃん。私が『教えましょうか?』って聞いた時は説明を受けてくれたのに、達也様のは遠慮しちゃうの?」

 

「み、深雪様!」

 

 

 深雪と水波のやり取りを、達也は優しい眼差しで眺めていた。だがふと視線を外に向けた時には、何時もの鋭さを取り戻していた。

 

「達也様、何か気になる事でも?」

 

「いや、北陸では現在進行で問題が起こっているというのに、今この場は平和だと思っただけだ」

 

「達也さまが全ての問題を解決する必要は無いのですから、あちらの事は解決出来る人に任せておけばよろしいのではないでしょうか? ただでさえ達也さまは、しなくてもいい苦労をしているのですから」

 

「そうですよ、達也様。あちらの事は達也様が解決策をもたらしているのですから」

 

 

 深雪は達也が新たな戦略級魔法を創っていたことも、それを将輝に使わせて自分の隠れ蓑に使おうとしている事も知っている。だからこそのセリフだと、達也は苦笑いを浮かべながらそんな事を考えていた。




まぁ、長続きしないんですけど……

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