二〇九七年七月八日。座間基地にUSNA軍のヘリが飛来した。横須賀に寄港中の空母、インディペンデンスの艦載機だ。空母からヘリが送られてくることは昨日、予告されていた。目的は、飛べなくなった輸送機の乗員移送。クルーの半数をインディペンデンスは引き取ると座間の司令部は通告を受けていた。
座間基地としては、拒む理由はない。通告が間近だったこと以外は手順も守られている。基地の管制スタッフは、ヘリの求めに応じて着陸許可を出した。
管制スタッフの目がヘリに向いている頃、輸送機に忍び込んでいた三人にも動きが見られた。
「光宣、隊長を頼む」
レグルスが輸送機の中で光宣に頭を下げる。彼はスターズ本部からの命令に従い、明日の巳焼島襲撃に参加する為、空母インディペンデンスに移動する。一方、アークトゥルスの身体を冷凍保存しているコンテナは、日本軍の不審を招かぬよう輸送機に隠しておくことになった。
「最善を尽くします」
光宣はアークトゥルスに掛けられた封印を解く為、ここに残留。彼は巳焼島襲撃を陽動として水波を連れ去るつもりだったから、どのみちレグルスたちとは別行動になる予定だった。
「じゃあね、光宣。短い間だったけど楽しかったよ」
「ええ。ここでいったん、お別れです。何か力になれる事があったら連絡してください」
「光宣もね。残念ながら僕は自由に約束できる立場じゃないけど、出来るだけの事はするよ。同じパラサイトなんだし」
「ああ、約束する」
レイモンドの方は何か含みがあるような語調だったが、レグルスは他意の無い口調で光宣にそう言いながら右手を差し出した。光宣がレグルスの右手を握り返すと、仕方無いなぁ、という表情で続けて差し出されたレイモンドの手も握り返した。
「ミッションの成功を祈っています」
この言葉でレグルスとレイモンドを送り出し、二人を乗せたヘリが離陸したのを輸送機のコックピットから見届けて、光宣は貨物室に足を向けた。
輸送機と言いつつ、この機は貨物をあまり運んできていない。アメリカから乗せてきたのは人員がメインだ。軍用機の場合は人員の輸送も「輸送機」の役割であるのだが。新たに積み込んだ貨物も殆どないので、アークトゥルスの身体を冷凍保存しているコンテナは貨物室に入ってすぐ目についた。
「(封印に使われている術式は、修験道のものをベースに陰陽術と西洋古式魔法・エノク魔術をミックスしたもの……というところまでは分かっている)」
アークトゥルスを眠らせている封印に触れて、光宣は無意識のうちに眉を顰めた。
「(道術がベースなら話は早かったんだけど……)」
道術系の魔法ならば、光宣は周公瑾から豊富な知識を受け継いでいるのだが、西洋魔術については自分が使用する術式に関わる知識しか持っていなかった。周公瑾は魔法の研究者ではなく実践者だったから、知識が特定の分野に偏るのはある意味当然だった。
「(まずは意識の状態を確認するところからだな)」
外部からの刺激に一切反応しないからと言って、意識が活動していないとは限らない。肉体を動かせずテレパシーに反応出来ないだけで、アークトゥルスの意識は完全な暗闇の中でもがいているかもしれないのだ。
光宣は手始めに、アークトゥルスの身体に想子波を照射した。系統外魔法に用いられる、精神に作用するよう組織化された想子波だ。想子は情報体として組織する事で、肉体に対してだけでなく精神にも影響を与える。無論肉体に干渉する想子情報体とは別の構造が必要だし、そもそも精神体をターゲットとして認識出来なければならない。単なる霊子の塊ではなく、情報体として認識出来るかどうか。精神干渉系魔法に対する適性の有無はここで別れる。
人間の光宣は、この部分があまり得意ではなかったが、パラサイト化する事で、彼は霊子情報体を明瞭に認識出来るようになっていた。にも拘らず、封印されたアークトゥルスの精神は光宣にも捉えられない。何処に隠されているのか、分からない。
そこで光宣は、想子情報体によって精神と繋がっているアークトゥルスの肉体にニュートラルな――特定の感情や衝動を刺激しないよう構成された精神干渉系魔法を撃ちこんでみたのだった。
「(弱い……けど)」
光宣の系統外魔法に、アークトゥルスの肉体に付随する想子情報体は確かに反応した。精神干渉系魔法はその名の通り精神に働きかける性質をもつもので、肉体には作用しない。アークトゥルスの想子情報体に生じた変化は、精神の反応が波及したと考える以外にない。
「(とっかかりとしては、このアプローチで間違っていない)」
どんな形であれ反応を返したということは、こちらからの働き掛けが届いているという事だ。その反応を辿って隠された精神の所在を突き止める事が出来るかもしれないし、眠らされているのであれば覚醒に導く事も出来るかもしれない。
光宣は基地のセンサーに引っ掛からないよう慎重に系統外魔法を操って、アークトゥルスを開放する為の試行錯誤を続けた。
それでも解決策を見いだせるのが凄い