劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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対照的な二人


ご機嫌の深雪

 達也と深雪が巳焼島に着いたのは午前十時前。最高速度時速四百キロ、平均速度三百キロの海上ドライブは、深雪を大いに満足させた。エアカーは本来、空の乗り物。時速四百キロは、航空機としてはむしろ控えめな数字と言える。

 だが海上走行モードのエアカーは、海面すれすれを飛行する。雲の高さを飛ぶより、スピード感は数倍増しだ。深雪は決してスピード狂ではないが、左右の視界が開けた海の上をそれだけのスピードで疾走する爽快感には、興奮を抑えられなかった。

 

「リーナ、ご機嫌は如何?」

 

「深雪……貴女の方こそ、ご機嫌ね?」

 

 

――リーナにこう思われる程度には。リーナの背後では、ミアも深雪の機嫌がだいぶ良い事に気付いているのか、何があったのだろうという表情で深雪を眺めていた。

 

「そうかしら? 自分では良く分からないわ」

 

 

 こういう回答が口から出るのは、深雪が軽い躁状態にあるからだろう。リーナは首を傾げたが、ミアは視線で達也に「何があったのか」を尋ね、達也は視線を海に向けただけでミアは納得したように小さく頷いた。

 

「それより、リーナの方はどうなの? 何か不自由は感じてない?」

 

「……ありがとう、生活の方は大丈夫よ」

 

 

 深雪の、普段とは微妙に違う雰囲気に訝しさを覚えながら、リーナはそれ以上追及しない事にした。

 

「生活の方は? 別の事で不自由を感じてるの? まさか、この島が気に入らないとか?」

 

「この島にも別に文句はないわよ。管理スタッフの皆さんも親切だし」

 

「では何に?」

 

「達也に気楽に会えない事よ! 今の情勢を考えれば深雪たちもそうそう会えてないのかもしれないけど、私だけ何で島暮らしなのよ!」

 

「それはリーナがUSNA軍から追われてるからでしょ? 東京で生活してたら、すぐに見つかって強制送還されるわよ? その後は良くてミッドウェー監獄に収監されるんじゃない?」

 

「……ごもっともね!」

 

 

 自分は既に帰化しているのにも拘わらず、USNA軍がそれを公にしなかった所為でこんな茶番に巻き込まれたと、リーナはUSNA軍に対する苛立ちを表に出す。だが達也も深雪も、それに付き合う事はしなかった。

 

「……立ち話も何だから、とりあえず入って」

 

 

 二人が冷めた目を自分に向けている事に居たたまれなくなり、リーナは二人を部屋に案内する。彼女自身が「コンドミニアムのようだ」と印象を述べたこの住居には、小さいながらも独立したリビングが付いている。彼女は達也と深雪を、玄関口からそこに案内してソファに腰掛けるよう勧めた。

 

「アイスコーヒーでいいかしら?」

 

「あっ、リーナ、私がやります」

 

 

 キッチンに引っ込もうとしたリーナに代わりミアがコーヒーの準備をすべくキッチンに引っ込む。

 

「ありがとう」

 

「私もそれで構わないです」

 

 

 キッチンに引っ込んだミアに達也と深雪が答えを返す。ミアに仕事を奪われた形になったリーナは、少し不満げな表情を浮かべながらも、深雪とは逆の達也の隣に腰を下ろした。

 リーナが座ってすぐ、ミアがグラス四つが載ったトレイを持って戻ってきた。達也はミルク、シロップ無し。深雪はシロップ無しで、ミルクを少し。ミアも深雪と同じくミルクを少しだけ入れ、リーナはシロップに伸ばした手を止めて、アイスコーヒーにミルクをたっぷり入れて飲み、少し顔を顰めた。

 四人がそれぞれに口をつけたグラスをテーブルに戻したのを合図に、達也が視線を隣のリーナに向ける。リーナは自分が顔を顰めた事を見られたのかと焦ったが、達也が口にしたのはその事ではなかった。

 

「早速だが、悪いニュースだ」

 

「なに? 日本軍が本格的に私の引き渡しを四葉家に求めてきたとか?」

 

「そうじゃない。新ソ連の極東艦隊は明日にでも日本海を南下するだろう。我が国も今回は迎撃準備を完了し、艦隊は何時でも出撃出来る情勢だ」

 

「日本は新ソ連と正面からぶつかるつもりなの?」

 

 

 自分が顔を顰めたことを知られなかったと心の中で安堵しつつ、リーナは疑わしげに問い返す。

 

「総力戦にはならないだろうが、衝突は避けられない」

 

「新ソ連の要求は、劉麗蕾の引き渡しだったわよね?」

 

 

 日本は劉麗蕾の亡命を公表していない。だが新ソ連は「日本に対して戦争犯罪人・劉麗蕾の引き渡しを要求した」と世界に向けて公表していた。

 

「そうだ。日本としては、亡命してきた十四歳の少女を、処刑されると分かっていて引き渡せるはずがない」

 

「最初から呑めない条件を付きつけて開戦の口実にしようとしているって、テレビでも言ってたわ」

 

 

 リーナが視聴した「テレビ」は、国内のチャンネルではない。有線チャンネルで流れているアメリカのニュース番組だ。この管理スタッフ用宿泊棟には、ケーブルテレビも導入されている。

 

「新ソ連が本気で日本の領土を占領しようとしているとは、俺は考えていない。真の目的は別にある。それが何かは、断定出来ないが」

 

「ここに建設中のプラントじゃないの? あの国は達也の事が本当に邪魔みたいだから」

 

 

 思いがけない鋭さを見せたリーナに、深雪が軽く目を見張る。

 

「……なに?」

 

 

 深雪の反応に、リーナが不本意だとばかりに眉を顰めた。

 

「貴女、意外と考えているのね」

 

「どういう意味よ! 勉強は苦手だけど、これくらい少し考えればわかるでしょうが」

 

 

 深雪の正直な感想に、リーナは声を荒げる。そんな二人のやり取りを見て、達也は少し呆れた雰囲気を醸し出したのだった。




リーナはおバカではなくポンコツ……

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