劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そんな事してる暇ないのに……


低レベルな言い争い

 深雪とリーナの遣り取りを少し呆れた様子で眺めていた達也だったが、リーナが話の続きをしてくれという視線を向けてきたので、達也はリーナの希望通り話を続ける事にした。

 

「それも可能性の一つではあるが、その場合もリーナの身の安全には十分考慮する」

 

「私も戦っても良いわよ」

 

「頼りにしているよ……だが、真のターゲットがここ以外の場所だったとしても、リーナには無視できない問題がある」

 

「私には?」

 

 

 達也はわざわざ「リーナには」と対象を限定したのだから、リーナがそう問い返すのは当然だろう。

 

「今回、極東艦隊を撃退しても、新ソ連との間に緊張が続く。日本には、USNAとの間にトラブルを抱え込む余裕が無くなる」

 

 

 二正面作戦を避ける。これは砲火を支える戦争でなくても、絶対的に遵守すべき原則だ。自ら望んで二正面作戦に踏み切るのは余程のギャンブラーか、予測と願望の区別がつかない底抜けの楽天家くらいだろう。

 

「新ソ連との間の緊張状態が続いている限り、日本当局はミッドウェー監獄襲撃を妨害しようとするはずだ。国防軍の艦船だけでなく、民間の船舶も調達は困難になるだろう。無論、航空機も」

 

「……そうでしょうね」

 

 

 リーナは達也を責めなかった。ここで達也を糾弾しても、八つ当たりにしかならないと理解していたからだ。

 

「カノープス少佐の救出については、必ず手立てを考える。時間が欲しい」

 

「……元々、今すぐという話じゃなかったし、準備に時間が必要だという事は私にも分かってるから。達也に任せるわ」

 

「理解してもらえて助かる」

 

 

 気落ちして俯くリーナを、達也が慰める。表面的なセリフは二人とも素っ気ないが、お互いに相手を思い遣っているのが、端から見るとよくわかる。――少なくとも深雪はそう感じていた。

 深雪はテーブルを挟んで向かい合う達也とリーナを、主観的に、そう言う風に見た。彼女の胸の奥で微かに、だが確かに、嫉妬の火が点っていた。

 

「ところで、今日は何で深雪が同伴してるのかしら? 何か私に話したい事があった、という感じでもないし」

 

「定期試験も終わって、水波ちゃんの退院も近づいてきた事で時間的に余裕があったから、『友達』の様子を見に来ただけよ。達也様から同伴の許可は頂いたのだから、リーナが気にする事ではないと思うけど? それとも、私がいたら邪魔だったかしら?」

 

「別にそういうわけじゃないけど……てか『友達』にアクセントを置くの止めてくれない? 達也が高校を卒業すれば、私たちは同じ立場になるわけなんだから」

 

 

 深雪の『友達』発言が嫌味だと理解したリーナは、あえて深雪に対して挑発を返した。長年達也と一緒に生活してきた深雪と『同じになる』というのは、深雪にとって最大級の嫌味だとリーナは思ったのだ。

 

「そうね。『立場だけ』は同じになるものね。私も貴女も、達也様の妻として支えていく事になるでしょう。でもそれだけで私と『すべてが』同じになるとは思わないでもらいたいわね」

 

「そりゃ一緒にいた時間は深雪が圧倒的に長いでしょうけども、夫婦って『そう言った事』だけじゃないんじゃないかしら? 婚約者全員と過ごすのなら、深雪の家よりも私たちの家にいる時間の方が圧倒的に長くなるでしょうし」

 

 

 深雪とリーナがバチバチと火花を散らすのを、ミアだけはハラハラと眺めていたが、達也は興味なさげにミアが淹れたアイスコーヒーを飲み干して席を立つ。

 

「深雪、研究所に顔を出してくるから、帰るのはもう少し後になる」

 

「分かりました。その間にリーナには身の程を知ってもらおうと思いますので」

 

「私の方こそ、深雪に自分がどれだけ驕り高ぶっているか教えてあげるわよ!」

 

「あ、あの……達也さん? 私一人にこの二人の相手を押し付けるつもりですか?」

 

「放っておけばいいんじゃないですか? 深雪とリーナは、割と何時もこんな感じですし」

 

「いつもはもう少し大人しめですよ……」

 

 

 何となく胃の痛い思いをしているミアに対して、達也は気にし過ぎではないかと思った。たとえこの二人が全力でぶつかり合ったとしても、達也にはそれを止める手段があるからそんな事を思えるのだが、ミアにはそのような力はない。だからミアの考えが普通なのだが、その事を指摘できる人間はこの場にはいなかった。

 

「だいたい貴女、最初は達也様を排除しようとしてたくせに、自分よりも強く太刀打ちできないと分かった途端に媚を売り始めた癖に!」

 

「そんな事してないわよ! と言うか、深雪だって昔は達也の事を使用人扱いしてたくせに、生まれた時から達也の妹面してるんじゃないわよ!」

 

「何で貴女がそれを知ってるのよ!」

 

「真夜が教えてくれたのよ。貴女の母親が達也の事を疎ましく思っていて、深雪もその影響を受けてたってね」

 

 

 まさか真夜がリーナにその事を話していたとは思っていなかった深雪は、何か言い返そうとして言葉が見つからず焦る。これで勝負あったと思っていたリーナだったが、深雪はこの程度で負けを認めるような性格ではなかった。

 

「USNA軍内で人望が無かった事実を突きつけられて逃げ帰ってきた貴女に言われたくないわよ」

 

 

 苦し紛れであることはミアにも分かったが、リーナには思いの外ダメージがあったようで、結局この二人の言い争いは痛み分けで終わったのだった。




両者痛いところを突かれてます

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