劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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興奮の吉祥寺

 将輝は「客」が宿泊棟に来たものだとばかり思っていたが、彼と茜は来客を伝えに来た兵士が運転する車で研究所のような見た目の建物に連れていかれた。そこが軍の魔法師が使う装備をメンテナンスしている施設だという事は、着いてすぐに説明を受けた。

 建物の中に入り、案内されたのは二階の一室。室内に一歩足を踏み入れた途端、将輝は耳に親しんだ声に名前を呼ばれた。

 

「将輝!」

 

「ジョージ? 何故ここに?」

 

 

 聞きなれているのも当然の事。将輝を待っていたのは、自他ともに認める彼の親友、吉祥寺真紅郎だった。それにしてもなぜ、わざわざ小松基地まで追いかけてきたのだろうか? 将輝は真っ先にそう思った。

 

「真紅郎くん、こんにちは。こんな所まで兄さんを訪ねてくるなんて、何か余程急ぎの用事なの?」

 

 

 しかし将輝の質問は、彼の背後から少し不満そうな声で吉祥寺に話しかけた茜に横取りされた。何が不満だったのかといえば、吉祥寺が兄ばかり見ていて彼女に気付いた様子が無かった点だ。

 

「あっ……茜ちゃんもいたんだ。ゴメンね。詳しく説明している時間がない。今は一刻を争うんだ」

 

 

 茜の心理状態を考えれば、吉祥寺の反応はかなりマズい。しかしいつになく深刻で押しが強い吉祥寺の態度に、茜は子供っぽく拗ねられなかった。家に遊びに来ている時の吉祥寺とは何かが違うと、茜にも理解出来た。違いが分かったという点では、将輝は茜よりも鋭敏にそれを感じ取った。将輝には、こんな状態の吉祥寺を過去に見た覚えがある。

 

「(あれは確か、加重系魔法の基本コードを発表する前日だった)」

 

 

 魔法学の分野において十年、いや、二十年に一度の大発見と称えられた基本コードの特定。『基本コード仮説』を部分的に立証する、大きな意義を持つ発見だった。今の吉祥寺は、その時と同じ空気を纏っている。

 

「……ジョージ、俺に何の用だ? 俺は何をすれば良い?」

 

 

 将輝に問われて、吉祥寺は興奮を抑えきれなくなったのか、彼の両肩をがっしりと掴んだ。吉祥寺の顔が視界の中でアップになって、将輝が頭を仰け反らせる。

 

「真紅郎くん、血迷わないで!」

 

 

 茜の悲鳴は的外れとばかりも言えまい。煩悩のフィルターを抜きにしても、吉祥寺が将輝にキスを迫っている構図と見えなくもない。

 しかし生憎、茜の声は吉祥寺には届かなかった。生理的には聞こえているはずだが、精神が反応しなかった。

 

「新しい戦略級魔法を試して欲しい! 将輝、君の為の魔法だ!」

 

 

 吉祥寺の叫びが意識に染み込むや否や、将輝は吉祥寺の両肩をがっちりと握り返した。

 

「新しい戦略級魔法!? ジョージ、お前……戦略級魔法を創ったのか!?」

 

「あっ、いや、僕が一から創ったわけじゃ……」

 

 

 将輝の質問に吉祥寺が新魔法完成の興奮から一気に冷める。新戦略級魔法の基本設計が達也からもたらされた物だということを、吉祥寺は忘れていたわけではない。ただ一刻も早くテストして新魔法が新ソ連軍を蹴散らし得るものだと確かめたい、その一念で心を占められていたのだ。

 

「ジョージが俺の為に創ってくれたものじゃないのか?」

 

 

 口籠った吉祥寺に、将輝が訝し気な声で問いを重ねる。将輝の「俺の為に」というフレーズが吉祥寺の心に突き刺さった。

 

「いや、完成させたのは僕だよ!」

 

 

 彼は思わず自分の功績を主張した。別に嘘では無いのだから最初からそう言っておけば良さそうなものだが、達也への対抗心が邪魔をしたのかもしれない。

 

「そうか!」

 

 

 だが詳しい事情を知らない将輝は、研究所の同僚と共同で開発した成果を独り占めするのが躊躇われたのだろう、くらいにしか考えなかった。今や吉祥寺よりも将輝の方が前のめりだ。

 

「早速試させてくれ! そのために来てくれたんだろう?」

 

「うん、お願い」

 

 

 無論、吉祥寺に否やは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨界前核実験、というものがある。核分裂爆発を起こす為のプロセスを臨界直前で止めてシミュレーションに必要なデータを取る実験だ。将輝と吉祥寺が戦略級魔法のテスト目的で行おうとしている実験は、この臨界前実験と性質が類似している。

 戦略級魔法とはその名の通り、戦略級兵器に匹敵する威力を持つ。民間人居住区、分かり易く言えば市町村の近くでは、テストの実施が難しい。

 そこで新魔法を発動直前でキャンセルするというテスト方法が用いられる。直前で魔法を中止しても、魔法師本人の手応えと精密な観測により八十パーセントから九十パーセントの確度でその魔法が設計通りに作動するかどうかが分かる。この方法なら民間人への被害も出ないし、軍事衛星などを通して新魔法に関する情報が他国に漏洩する事もない。

 十パーセントから二十パーセントの誤差は、数字で見れば大きすぎるように思われる。だが大規模な魔法程、慣れない内は成功率が低いのが常。たとえテストで実際に最後まで発動出来た魔法でも、いざ実戦投入しようとして発動しなかったという不確実性は普通にある。通常の魔法ならば兎も角戦略級魔法のテストで、実際に最終プロセスまで完了する事に拘る必要性はないと言えるのだ。


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