劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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威張れるものではない


吉祥寺の自信

 七月八日正午過ぎ。将輝は吉祥寺と共に、佐渡島にいた。二人がこの島に着いたのは今朝早くだ。新ソ連艦隊の動きを知らなかったわけではない。敵が能登半島の西を目指していると知らされていながら、まだ劉麗蕾を監視する妹の護衛を父親に代わってもらってまで将輝が佐渡島に渡ったのは、吉祥寺の意見によるものだった。

 将輝と吉祥寺は大胆にも、島の北岸に建てられた灯台の回廊部に立っている。敵の艦影を真っ先に発見できる代わりに、敵からも丸見えとなる場所だ。

 

「ジョージ……奴らは本当に来るのか?」

 

 

 沖を見渡しながら、将輝が吉祥寺に尋ねる。その口調が半信半疑になっているのは、仕方のない部分もあった。将輝は能登半島北西海域に航行してきた新ソ連艦隊を、昨日貰ったばかりの新魔法で撃退してやると意気込んでいた。だがその魔法を与えてくれた当人の吉祥寺は、新ソ連の侵攻目的地は金沢や小松ではなく佐渡島だと強く主張した。将輝としては親友の言葉を無視出来ず、金沢―小松方面を父親に任せてここにやってきたのだが、ニュースや一条家の通信網が伝えてくるのは敵艦隊が依然として能登半島の北西にいるという代わり映えのしない状況だ。このままでは新魔法が無駄になってしまう。将輝はそんな焦りを覚えていた。

 

「来るよ。間違いない」

 

 

 そして答えを返す吉祥寺は、不自然な程、確信に満ちていた。

 

「日本の海軍は弱くない。正面からぶつかり合って潰しあいになるのは新ソ連も望まないはずだ。大亜連合は事実上降伏しているとはいえ、まだ完全に無力化されているわけじゃないからね」

 

「だから奇襲を仕掛けてくると?」

 

「その通りだよ、将輝」

 

 

 吉祥寺の自信の根拠を聞いて、将輝も敵がここを責めてくると確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新ソ連艦隊の接近に、国立魔法大学とその付属高校では足並みを揃えた対応が取られた。地域に拘わらず、一斉に臨時休校となったのだ。ただこれは、普通の学校と違って生徒、学生、職員の避難を優先したからではない。義勇兵として国防に参加する者の都合を考慮した措置だった。

 それを考えれば、達也は土浦の国防陸軍第一○一旅団基地に出頭すべきだったのだろう。だが彼は深雪と共に、四葉ビルの一室にいた。と言っても、朝からずっといたのではなく、午前中は水波が入院している病院、調布碧葉医院にいて、今は昼の食事に戻っていたのだった。

 

「達也様、お待たせしました」

 

「分かった」

 

 

 昼食の後片付けを終え、着替えを済ませた深雪がリビングの達也に声をかけると、データ放送と軍用通信で状況の変化を追いかけていた達也は、壁一杯を占めるディスプレイをオフにして立ち上がった。二人は地下の車庫に降りて、今や達也の愛車となっているエアカーで調布碧葉医院に向かう。到着まで五分も掛からなかったのは四葉ビルと病院が近いという事もあるが、道が空いていたという理由も間違いなくあった。

 

「水波ちゃん、入ってもいいかしら」

 

「はい、どうぞ!」

 

 

 病室の外から深雪が声をかけると、中から水波の元気な声が返ってきた。入院したばかりの頃からは別人のようだ。それもそのはずで彼女は明日、退院が決まっている。肉体的には、水波は殆ど全快していた。

 

「達也さん、深雪さん、お疲れ様。今のところは異常なし、よ」

 

「夕歌さん、ありがとうございました」

 

 

 夕歌には、達也と深雪が食事で病室を離れている間、代わりに水波の周囲を見張ってもらっていた。深雪の言葉はそれに対する謝辞であると同時に、ここから先は再び自分たちが請け負うという意思表明でもあった。

 

「どういたしまして」

 

 

 夕歌がベッド脇のソファから立ち上がる。この個室はサイズに余裕があるので、長時間座っていても疲れないように夕歌が運び込ませた物だ。ソファを据え置いたのは一週間前。つまりそのくらい前から、夕歌は水波の病室警備に参加していた。

 

「じゃあ私はこの階の警備室にいるから」

 

「俺も後から行きます」

 

 

 そう応えた達也に軽く手を振って、夕歌が病室から出て行く。深雪は達也と顔を見合わせて、躊躇いがちに夕歌が座っていたソファへ腰を下ろした。このソファは一人掛けである上に、達也は決して自分が座ろうとしないと、ここ数日の実績で分かっているからだ。達也は何時も通り、スツールに腰掛けた。

 

「退院の準備は終わっているようだな」

 

「準備と申しましても、大した荷物はありませんでしたから……」

 

「明日は十一時だったか? もし臨時休校が今日だけだったら、俺一人で迎えにこよう」

 

「そんなお手間を取らせるわけにはっ!」

 

「大した手間ではないさ」

 

 

 水波が何度も口を開け閉めしているのは、反論の言葉を探しているのだろう。だが彼女は遂に、小さなため息の後、口を閉ざした。達也に翻意してもらうのを諦めたのだ。それでも、問う事は止められなかった。

 

「あの、達也さま……」

 

「構わないぞ」

 

「……基地に行かなくても、本当によろしいのですか?」

 

 

 躊躇いに満ちた問い掛けの真意は、「何故、ここにいるのか?」。

 

「大丈夫だ。あっちには代わりを手配してある」

 

 

 ここは、他人に任せられない。自分が、片を付ける。水波には、達也の答えがこう聞こえたのだった。




達也なら現地に赴かなくても片付けられるけどね……

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