劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通に出来る魔法師ですから


封印解除

 USNAの空母インディペンデンスに随伴していた双胴高速輸送機ミッドウェイ。その航路が、東へ向かう空母のものから分かたれた。南へ、そして西へ。その向かう先は房総半島南海約九十キロ。レグルス、レイモンド、ベガ、デネブ、スピカ、及び二十人のパラサイト化したスターダストを乗せた輸送機は、巳焼島に針路を取った。

 

「(動き出したか)」

 

 

 輸送艦ミッドウェイの転進、恒星炉プラント襲撃作戦の開始を、光宣は座間基地でリアルタイムに把握していた。彼がいるのはUSNAの輸送機の中。壊れて飛べない機体の格納庫には、封印されたスターズ第三隊隊長、パラサイト化したアークトゥルス大尉の身体が隠されている。

 彼は昨日からずっと、アークトゥルスに掛けられた封印解除に取り組んでいた。そして今、その最終段階に来ている。

 

「(これで意識は覚醒するはずだ!)」

 

 

 光宣が仕上げの術式をアークトゥルスの精神に撃ち込む。何時間も掛けてアレンジされた精神干渉系の魔法式が、精神と肉体を繋いでいる想子情報体を通じて、霊子情報体に干渉する。

 光宣はアークトゥルスの精神が起き上がるのを確かに感じた。冬眠状態にあったアークトゥルスの精神体が、光宣の魔法に微弱ながらも反応を返した。

 

「(よし……後は時間次第でアークトゥルスの精神が内側から封印を破る)」

 

 

 亀裂が入った封印は、外部から修復されない限り内側からの圧力で崩壊する。光宣は継承した知識に照らして、そう考えた。

 

「(ただ……)」

 

 

 一つ不安があるとすれば、彼が呼び覚ましたのはアレクサンダー・アークトゥルスという人間の精神だ、という点。パラサイトに掛けられた封印が極めて強固で、かつ九島家のものとも周公瑾の方術とも系統が異なっていた為、人間の精神を活発化する系統外の術式を応用した。パラサイト化した人間の中では、人間本来の精神とパラサイト本体が融合している。人間の精神を活性化する魔法でパラサイトに対して拒絶反応が起こる危険性は、理論上ゼロではない。

 

「(……もしそんな事があったとしても、再融合するだけだ)」

 

 

 一度パラサイト化した時点で、その精神はパラサイトに馴染んでいる。拒絶反応によって命を落とす事はない。光宣はそう考えて、自分を納得させた。

 彼は姿を消して輸送機を降りた。『仮装行列』と『鬼門遁甲』の合わせ技だ。透明化による不自然な光の屈折は、意識の方向を逸らす魔法により他者に見咎められる事がない。

 光宣は基地のゲートを抜けて透明化したまま徒歩で近くの公園を突っ切り、反対側の道路に止めたあったドライバンに乗り込んだ。九島真言が奈良から届けさせた車両だ。今でも貴金属や湿度管理が必要な薬品の輸送に用いられるタイプのドライバンには、マネキンのフリをしたパラサイドールが詰め込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯台の回廊に上った際、将輝と吉祥寺は椅子を用意していなかった。椅子の代わりに腰掛けられるような物もない。スーツケース大のCADは頑丈なケースに守られているが、これも高校生男子が座れるほどの大きさではなかった。幾ら若くても立ちっぱなしで疲れないわけではない。だが二人は疲労が施行に悪影響を及ぼすまで待つ必要が無かった。タブレット型端末で新ソ連艦隊の動きを見張っていた吉祥寺が将輝に告げる。

 

「動いた!」

 

「何処だ!?」

 

「地上攻撃艦に随伴していた小型高速艦が一斉に東へ移動を始めた。これは……凄い加速だ。一時間もせずに、この海域へ到着する」

 

 

 吉祥寺の回答に、将輝が唸った。

 

「推定最高速度百四十ノットか……我が国の最速艦と同等のスピードだな。迎撃は?」

 

 

 将輝の質問、吉祥寺がタブレットを操作して情報を引き出す。

 

「正面で対峙していたミサイル駆逐艦は敵の駆逐艦に牽制されて手が出ないみたいだ。小松の空軍も敵空母艦載機の対応に追われている。新潟基地から小型艦八隻が出港したみたいだけど……不利は否めない」

 

「じゃあ?」

 

「うん」

 

 

 吉祥寺が将輝に頷く。

 

「僕たちが敵の作戦を阻止するんだ。新ソ連のベゾブラゾフが『トゥマーン・ボンバ』で介入してくる前に、将輝の『海爆(オーシャン・ブラスト)』で」

 

「ああ、やってやるとも!」

 

 

 そして、将輝が吉祥寺に頷き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水波のお見舞いに来ていた達也も、将輝や吉祥寺とほぼ同じタイミングで新ソ連艦隊の動きを把握していた。

 

「達也さま、何か気になる事でも?」

 

 

 達也の表情から何かあったのだろうと察知した水波が、不安そうな表情で達也に尋ねる。彼女の隣では、深雪も同じような表情をしている。

 

「深雪や水波が心配する事ではない。ただこの動きが始まってしまった以上、今夜は巳焼島に向かうしかなくなるだろうな。恐らく陽動で、本命はこの場所だ。深雪は自分と水波の安全だけを考えるように」

 

「どういう事で――新ソ連の動きは光宣が仕組んだ事だという事でしょうか?」

 

 

 達也の言葉の真意を確かめようとして、深雪は途中で達也が考えている事を自力で理解した――したと思った。

 

「直接関与していないだろうが、動きを知っていた可能性はあるだろうな」

 

 

 深雪の頭を軽く撫でてから、達也は今後の話し合いをする為に病室を後にした。




空回りしなければ将輝も優秀ですから

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