劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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不安は絶えないからな……


気になる事

 改めて言うまでもないが、達也は十八歳の少年で水波は今年十七歳になる少女だ。深雪が一緒とはいえ、達也が水波の個室に長時間居座るとお互い気まずくなるのは避けられない。特に、水波の精神安寧を考えるならなおの事だ。達也が同じ階に設けられている警備室に移動したのは、それを避ける為だ。

 この病院は四葉家が実質的に支配しており、水波の病室がある階は四葉家の関係者専用にキープされている。病室の警備機器も、入院棟のこの階だけ独立の追加システムが入れられている。それだけでなく、病院全体の情報がこの警備室でモニター出来る仕組みになっていた。

 

「あら、達也さん。ご苦労様。今お茶を淹れるわね」

 

 

 先程本人が言ったように、警備室では夕歌が達也を待っており、達也が警備室に入ってきたのを確認して、素早くお茶の用意を始める。

 

「夕歌さんもお疲れ様です。そろそろ交代の時間ではありませんか?」

 

「その予定だけど、今日はもう少しここにいるつもり」

 

 

 夕歌は気まぐれに見えて几帳面な性格だ。意味もなく残業するような女性ではない。

 

「そうですか。正直なところ、助かります」

 

 

 夕歌が居残りする理由は、達也にも分かっていた。

 

「こういう状況だと、防衛省の官僚さんが個人の都合を優先なんて出来ないでしょう」

 

 

 夕歌が言う「防衛省の官僚さん」は、四葉分家の一つ、新発田家の次期当主である新発田勝成を指している。勝成の直接的な戦闘能力は、恐らく四葉分家随一。いざという時、彼が戦闘に参加出来ないのは、光宣を迎撃する上で間違いなくマイナス材料だ。

 

「……ねぇ、来ると思う?」

 

「時間は分かりませんが」

 

 

 夕歌の問いかけに、達也は間接的な肯定を返した。

 

「この状況を作ったのも九島光宣かしら」

 

「それは違うと思います。恐らくエドワード・クラークとベゾブラゾフが裏で結託した結果が今の状況でしょう。ただ光宣の側にはレイモンド・クラークがいるらしいですから、あらかじめ光宣が知っていた可能性は高いでしょうね」

 

「じゃあ、色々と準備しているでしょうね」

 

「恐らくは」

 

 

 二人とも、光宣が襲ってくるなら今日だろうと予測していた。今度は光宣単独ではなく、仲間を調達しているだろうという点でも、達也と夕歌の考えは一致していた。

 

「パラサイドールだけじゃないでしょうね」

 

 

 光宣が九島家からパラサイドールを奪った事も、二人は共に知っていた。達也は文弥本人から、夕歌は真夜から提出された報告書を通じて。

 

「光宣もそこまで我々を甘く見てはいないでしょう」

 

 

 ただ、それで光宣の手の内を読み切ったとは、達也も夕歌も考えていない。

 

「となりとやはり……こちらの戦力分散を狙った陽動かしら? 巳焼島の襲撃はあると思う?」

 

「パラサイト化したスターズが少なくとも一人、光宣と行動を共にしたと判明していますから……可能性としては、小さくないでしょうね」

 

 

 巳焼島に建設中のプラントが攻撃される可能性は、リーナからも指摘されている。また関西国際空港に密入航した軍人がスターズ一等星級隊員のジェイコブ・レグルス中尉であることは、リーナに顔写真を見せて明らかになっている。巳焼島が襲撃されると考えている者は、四葉家の中で達也だけではなかった。

 

「ただ追加で送り込まれたパラサイトは、座間で封印済みです。それ以降、USNAから飛来した軍用機もありません。巳焼島の防衛は、現地のスタッフだけで対応出来るのではないでしょうか。ただ横須賀基地にUSNAの空母が寄港しているようなので、そこからパラサイトが侵入していた場合は少し厳しいかもしれません」

 

「いざとなればリーナさんの手も借りられるんじゃないの?」

 

「リーナは恐らく使えないでしょう。幾らパラサイト化しているとはいえ、相手はかつての同胞。アンジー・シリウス少佐としての任務ですら苦悩していた彼女が、『九島リーナ』として同胞の姿をした相手を討てるとは思いませんから」

 

「それもそうね……なら、怪しい船が巳焼島に近づいてきた時点で、リーナさんの『ヘヴィ・メタル・バースト』で焼き尽くしちゃえば?」

 

「そんな事をすれば、そこに『アンジー・シリウス少佐』がいるとUSNAに教えるようなものです。表向きはアンジー・シリウス少佐は日本にいないのですから」

 

 

 いくら表向きはそういう事になっていても、裏ではUSNA軍も国防軍も四葉家が――達也がリーナを匿っている事を知っている。だが達也が認めない限り、四葉家が所有している島を調べるわけにはいかないので、国防軍は四葉家にアンジー・シリウス少佐の引き渡しを命じられないのだ。

 

「そもそもアンジェリーナ・クドウ・シールズは日本に帰化して九島リーナになっているので、引き渡しを命じられても応じる必要は無いのですがね」

 

「相変わらずギリギリの事を平気で言うわね……まぁ、それくらいじゃなきゃ達也さんっぽくないかもね」

 

「どういう意味ですかね」

 

「別に、深い意味はないわよ?」

 

 

 達也にジト目で睨まれても、夕歌は肩を竦めて誤魔化した。達也の方も本気で問い詰めるつもりが無かったので、夕歌の反応を見て肩を竦めるのだった。




リーナには期待してない達也……

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