劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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別に厭らしい事を考えているわけではありません


リーナの下心

 巳焼島、北東海岸部。リーナは先々月から稼働しているCAD開発研究棟を訪れていた。新しいCADの開発には魔法師によるテストが不可欠だ。開発しようとしているCADのスペックが上がれば上がるほど、テストする魔法師の能力はより高いレベルが求められる。

 なんだかんだいって、リーナの魔法師としてのレベルは世界最高水準だ。開発スタッフによってみれば、彼女は滅多に見つからない貴重なテスターである。いつも暇そうにしているリーナは、CAD開発研究セクションで人気者となっていた。

 この交流は、研究スタッフ側だけでなくリーナにも思惑があった。ただしそれは、匿われている立場として現地の人々と良好な人間関係を築く、という当たり前のものではない。亡命時に取り上げられたCADを返して欲しいというリーナのリクエストに、達也は最新型のCADを貸し与えるという形で応えた。その結果をリーナは不満に感じていない。亡命時に持ち込んだCADよりも達也が用意した物の方が高性能だったのだから、不満を覚える余地はなかった。

 ただ、物足りなさは残った。彼女はUSNAを脱出する際、彼女専用の武装デバイス『ブリオネイク』をスターズの武器庫に置いて来ている。元々参謀本部の許可が無ければ作戦行動時も持ち出せない物だ。日本に持ってこられなかったのは当然だった。ただ遠く離れてしまうとかえって執着が生じるのは、人も物もあまり変わらない。この島に落ち着いて一週間で、リーナはブリオネイクが恋しくなった。

 あの武装デバイスにはFAE理論という特殊な学説が使われている。しかし達也がFAE理論を解明しているのは本人の口から確認済みだ。達也の指導下にある子の島の技術陣がFAE理論を使ってブリオネイクのレプリカを作り出す能力を持っているのは間違いない、とリーナは考えている。彼女は開発スタッフと仲良くなって、あわよくばブリオネイクの代わりとなるデバイスを作ってもらいたいという、虫の良い事を考えているのだった。

 今日も彼女は下心満載で、気前よく開発スタッフのリクエストに応えていた。その、最中の事。突如襲ってきた想子波動に、リーナは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「うひゃ!? 何これ……?」

 

 

 波動の強さ自体は、大したことがない。ただ完全な不意打ちで、背後からいきなり背中を突かれたような不快感があった。前触れの無い想子波動を感じたのはリーナだけではない。開発棟のあちこちで、魔法的知覚力を持つ者が不快気に顔を顰めている。

 

「大規模魔法を発動しようとして、制御しきれなかった余剰想子? でもこんなに大量の余剰想子をまき散らすなんて、原因の魔法は戦略級……?」

 

 

 現在の情勢下で戦略級魔法を使うとすれば、ベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバか、劉麗蕾の霹靂塔。だが二人ともこんな初心者じみた力の無駄遣いはしないはずだ。

 

「(初心者じみた?)」

 

 

 自分が想い浮かべたフレーズに、リーナは引っ掛かりを覚えた。

 

「(確かに、初めて使う魔法なら、この無駄に想子波動を撒き散らす拙さも理解出来る……これってもしかして、達也が開発していた新戦略級魔法?)」

 

 

 リーナは正しい結論にたどり着いた。しかし彼女は、自分の推理を検証できなかった。突如鳴り響いた警報に、リーナは思考の中断を余儀なくされた。

 

「不審船の接近だって!?」

 

「ステルス魔法で接続水域の内側まで接近された!?」

 

「(ステルス魔法ですって!?)」

 

 

 飛び交う職員の声に、リーナの意識は海へと向けられた。

 

「リーナ、大変です!」

 

「ミア! ステルス魔法を使った不審船が――」

 

「はい。その事で達也さんから電話が」

 

「達也から?」

 

 

 リーナがまず疑問に思ったのは、何故自分ではなくミアに連絡したのか、という事だった。自分は婚約者で、ミアはあくまでも二番手――愛人枠だったはずだと、ミアに対して嫉妬したのだ。だがすぐに、こんなタイミングよく達也が連絡してきた事が気になった。

 

「もしかしたら達也は、不審船の可能性に気付いていたのかしら?」

 

 

 リーナが呟いた独り言に返事をする人間はいない。元々応えを期待してのものではなかったので、リーナはすぐにミアから端末を受け取り達也から話を聞く事にした。

 

「ハイ、達也。私の近況を知りたいわけじゃないわよね?」

 

『その様子だと、既に不審船には気付いたようだな』

 

「やっぱり……あの不審船はいったいなんなの?」

 

『俺の予想が正しいのなら、パラサイト化したスターズの魔法師たちを乗せた破壊工作船だろう。だが恐らくはそちらは陽動だ』

 

「陽動? 水波を攫う為に九島光宣が遣わせたって事?」

 

『破壊工作自体は、USNAの考えだろう。だが光宣がそれを利用している可能性が高い。余程の事がない限り俺はそっちに行けないが、リーナなら大丈夫だろうな?』

 

「………」

 

 

 達也の問いかけに、リーナは即答出来なかった。自分がスターズの中で裏切者扱いされているのも知っているし、相手がパラサイトに成っている事も理解している。だがそれでも、彼女は同胞殺しになるのではないかと躊躇ったのだった。

 

『そこが壊されるのは困るんだがな……』

 

「だったら、達也が自分で何とかしなさいよ!」

 

 

 達也がこちらに来られない理由が分かっていながら、リーナはそんな事を言ったのだった。




やはりポンコツじみた雰囲気が……

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