劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1807 / 2283
切り替えは大事ですが……


巳焼島襲撃

 将輝の新戦略級魔法の所為で発生した余剰想子波動に驚いたのは巳焼島の人間だけではない。

 

「(何だ、今の波動は!?)」

 

 

 調布市内、目的地の病院まで一キロの路肩に停止しているドライバンの中で、光宣は不意に押し寄せてきた想子の荒波に、思わず精神の集中を乱してしまった。

 

「しまった……!」

 

 

 その所為で、レグルスを通じて行使していたステルス魔法のコントロールをしくじってしまう。光宣はすぐに、魔法の制御を取り戻そうとしたが、次の瞬間には無意味だと諦めた。今の短い時間で、輸送機は海上レーダー網や成層圏プラットフォーム監視システムに所在を捉えられてしまった事、間違いない。接近した状態で一度偽装が解けてしまえば、もう一度完全に姿を消したところで誤魔化しきれるものではなかった。

 

「(……完全な奇襲が成功するより、直前で気づかれた方が陽動効果は高いはずだ)」

 

 

 光宣は心の中で自分にそう言い聞かせて、本命の病院に意識の焦点を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過剰な想子波の放出は、輸送艦ミッドウェイに乗船中のパラサイトにも影響を与えていた。突如ステルス魔法が解除された事に驚いたのは、ベガだけではなかった。

 

「レグルス中尉!?」

 

「申し訳ありません! 思わぬ想子波動に集中が乱れてしまいました!」

 

 

 レグルスは、自分の魔法的ステルスフィールドが消失した理由をそう思い込んでいた。

 

「直ちに再開します!」

 

「いや。中尉、もう良い」

 

 

 慌てて光学迷彩魔法を再発動しようとしたが、それを声に出してレグルスを咎めたベガが制止する。

 

「目的地はすぐそこだ。もう偽装は必要ない。それより、突入を開始する!」

 

 

 ベガの命令を受けて、デネブがキャビンから出て行く。今回の作戦では飛行戦闘服――USNA軍では『スラスト・スーツ』と呼ばれている――は使用しない。パラサイト化したスターダストは飛行デバイスと相性が悪かった。上陸には伝統的なツール、ボートを使う事になっている。デネブはその、上陸用ボートの準備を指揮しに行ったのである。

 

「スピカ中尉とレグルス中尉は、上陸支援砲撃準備」

 

「イエス、マム」

 

 

 このミッドウェイは輸送艦であり、対空・対艦機銃と対潜ミサイルランチャーは少数ながら備えているが、対地攻撃用のフレミングランチャーは搭載していない。だが小型爆弾は豊富に積んである。そしてスピカもレグルスもパラサイトの専門化傾向が表れているとはいえ、移動系魔法で野戦砲の代わりくらいは務める能力が残っている。

 

「レイモンド・クラーク。万が一この艦が攻撃を受けた場合、防衛を頼む」

 

 

 ベガはそう言い残して、一緒に上陸するデネブのところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巳焼島はつい最近まで魔法師犯罪者用の監獄に使っていた地区と、魔法研究施設群の建設が進んでいる地区に分かれている。前者が島の西岸、後者が島の北東岸で、恒星炉プラントも北東沿岸部に建設中だ。

 不審船は巳焼島の北東から接近していた。恒星炉プラントが狙いだと、島のスタッフはすぐに理解した。未だに所属を明らかにしていないウェーブ・ピアサー型双胴船は、ハイピッチで減速しつつ既に領海内へ侵入している。ただ、今のところ島の諸施設に対して攻撃はしていない。巳焼島には四葉家の配下で固められた水上警察が駐在しているが、この状態では臨検以上の措置は執れない。

 実際には、警察の警備艇は出動しなかった。不審船の軍事的意図は明らかだ。臨検に応じるはずがないと分かっていて警備艇で接近するのは、殉職者を増やすだけの結果にしかならない。守備要員の魔法師たちは、何時でもシールド魔法を発動出来るように身構えた。

 それに、呼応したのだろうか。沖合四キロまで近づいた不審船から、突如爆弾が撃ち出された。フレミングランチャーやグレネードランチャーによる射出ではない。移動魔法による射出だ。

 爆弾自体は小型だが、数が多い。まるで多弾頭榴弾を使ったような炸裂弾の雨に、守備隊は一斉に魔法障壁を展開した。

 空中に次々と、光の華が咲く。魔法障壁に付加を与える飛散物の運動量は、大したことが無かった。それよりも爆発に伴う閃光が、守備隊の視界を奪った。閃光弾か、という声が障壁を維持する魔法師の間から上がる。

 しかし仮に閃光弾だとしても、魔法障壁を解くわけにはいかない。閃光弾に紛れて、殺傷力の高い本物の爆弾が襲ってくるかもしれないからだ。

 不審船が更に近づく。その陰から、二隻の上陸用ボートが姿を現わした。すぐに迎撃チームが海岸へと出動するが、厚みのある陣容とは言えない。爆弾の雨は降り続いており、その防御にも人数を割かなければならない。迎撃チームはまず、ボートを転覆させようと直接干渉を試みた。だが上陸ボートは二隻とも強い対抗魔法に守られていて、直接的な干渉を受け付けない。ボートを直接沈める事を断念した島の魔法師は、海水に干渉して接岸を阻もうとした。

 離岸流を再現して沖へ向かう海水の流れを作る。海面を爆破して大波を起こす。海中に氷の銛を作り出してボートの船底に突っ込ませる。

 しかしボートその物に対する攻撃は魔法シールドで、ボートの前進を妨害する攻撃は移動系魔法で防がれてしまったのだった。




もとから連携ゼロだし、失敗するのも仕方ないか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。