攻撃が防がれたのは、迎撃要員の魔法力が弱いわけではない。彼らは四葉分家の一つ、真柴家配下の魔法師で、島が監獄だった頃から引き続いてここの警備と防衛を担当している。真柴家の血族こそいないものの、収監されていた凶悪犯を力尽くで抑え込んできた実績を持つ魔法師たちだ。その彼らが力負けしているのは、単純に、ボートに乗っているパラサイトの能力が強いからである。
迎撃に当たっている魔法師たちは既に、相手がパラサイトであることを知っていた。巳焼島にはパラサイトを探知するレーダーが、実験的に設置されている。
上陸用ボートから迎撃チームへ銃弾、擲弾を交えた攻撃が加えられた。迎撃に出た魔法師は、掩体の陰から顔も出せない状況に陥った。援軍を出そうにも、移動魔法による砲撃は散発的ながらまだ続いている。魔法障壁要員を減らすわけにもいかない。軍ならば司令部に相当する島の管理スタッフは、真柴家ではなく本家にこの状況を知らせ、指示を仰いだ。
島が攻撃を受けている状況は、管理棟以外でもモニター可能だった。CAD開発棟にいるリーナとミアも、迎撃の様子を背後から映したカメラの映像を実験室の大型ディスプレイで食い入るように見ていた。
不意にリーナが計測用の有線ヘルメットを外し、テストを担当していた男性研究員に歩み寄った。
「ねぇ」
「な、何でしょう?」
リーナは深雪に匹敵する美貌の持ち主だ。絶世の美少女に正面から見つめられた、三十歳になったばかりの研究員は舌をもつれさせた。
「計測用のヘルメットじゃなくて、防弾用の物はないかしら」
この場所に馴染んでいるリーナはすっかりため口だ。しかしそんな事は、このセクションでは今更だった。研究員が目を見開いたのは、それを気にしたからではない。リーナは研究員の驚きに頓着せずにリクエストを続けた。
「出来れば、もっと動きやすい装甲服も」
CADの実験には危険も伴う為――自分の魔法が意図せず暴走するリスクがある――少なくとも外部からの衝撃を緩和するプロテクターをリーナは身に付けている。だが動き回る事を考慮していない為、決して戦いやすい恰好ではない。
「あ……ありますが」
「サイズも?」
「大丈夫、だと思います」
「すぐに用意してもらえるかしら」
「何故……ですか?」
この質問はリクエストを受けた研究員とは別の、二十代後半の女性スタッフ放たれたものだった。リーナは女性スタッフに視線を向けてから、地上視点の映像の、後方に小さく映ってい双胴船に目を向け、断定的に告げる。
「あの船はUSNA海軍の輸送機。襲って来ているのはパラサイト。ならばあれは、私が対処すべき相手」
「………」
「ここにいる私は『シリウス』ではありません。それでも私は、同胞の過ちに知らん顔をするつもりはありません」
リーナの口調が変わる。帰化したとしても、彼女は自分の事をUSNAの国民であった事とステイツの軍人だった事を否定していない。それは「シリウス」としてではなく、USNA軍に所属していた戦闘魔法師としての矜持だった。
「……分かりました。本家に確認が取れ次第用意します」
「ありがとう」
それが最大限の譲歩だとリーナも理解出来ているので、彼女は女性スタッフに笑顔でお礼を告げる。そのあまりにもまぶしい笑みに、男性スタッフだけでなく女性スタッフも一瞬固まってしまったのだった。
達也が本家からの緊急通信を受け取ったのは、水波の病室と同じ階の、警備室でのことだった。ただの通信ではなく、緊急通信だ。そのシステムがあるのを達也は知っていたが、まさか自分宛に使われることがあるとは、まるで予想していなかった。
『達也様、音声のみで失礼します』
「花菱さん、ご用件をどうぞ」
専用の有線回線を通じて話しかけてきたのは四葉家執事序列二位であり花菱兵庫の実父である、花菱但馬だった。彼の担当は実力行使を伴う各業務。平たく言えば荒事だ。花菱執事がコンタクトを取ってきたという事実だけで、達也は何が起こっているのかおおよその見当がついた。
「巳焼島が襲撃を受けているんですね?」
『然様でございます。USNA海軍高速輸送艦ミッドウェイから発進したボートによる上陸作戦です』
「正規軍の艦艇を使ってきましたか……」
『上陸部隊の陣容はパラサイト二十二体。ミッドウェイ艦内にもパラサイト三体の反応があります。通常人の生体反応もありますが、戦力としては無視してよろしいかと』
輸送艦に残っている通常人は、航行スタッフに違いない。日本領土に対する攻撃に積極参加しているのか、命令を盲目的に遂行しているだけなのか。精神操作を受けている可能性も達也は考えた。だがそれはこの際、本質的な問題ではない。
「防衛部隊は苦戦しているのですね?」
『残念ながら。ボートの二体と輸送機の二体から、スターズ一等星級に匹敵する魔法力が観測されました。ミス・シールズが証言したスターズのパラサイトと推測されます』
それでは対抗できない。達也は即座にそう判断した。リーナに忠告しておいたとはいえ、達也は自分の認識の甘さを一瞬だけ反省し、すぐに他人事のようにあっさり押し潰した。
「巳焼島に急行します」
『よろしくお願い致します。病院の防衛には、追加の人員を手配します』
「了解です」
『以上でございます』
その言葉を最後に、緊急回線を通じた音声通話が切れた。
リーナ一人じゃさすがに……