劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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不安になるのも仕方ない……


不安の原因

 達也が受けた緊急通信は、個人用の受話器ではなくヴィジホンと同じスピーカーとマイクを通じて行われていた。室内にいる者には、耳をそばだてなくても達也と花菱執事の会話が聞こえていた。

 

「良いの?」

 

 

 達也の隣にいた夕歌が話の内容を把握しているのは当然の事だ。そして、その夕歌が達也にこう尋ねるのも、事情を知る者にとっては自然な流れだった。

 

「良いか悪いかで言えば、良くありません」

 

 

 達也は微かに眉を顰め、夕歌と正面から向き合いながら答える。

 

「ですが、建設中のプラントを破壊させるわけにもいきません」

 

「私が言うまでもない事だけど、これは陽動よ」

 

「分かっています」

 

 

 夕歌の次のセリフを待たず、達也は隣の更衣室に向かった。夕歌も、達也を呼び止めはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪が水波に勉強を教えている談話室に、達也が姿を見せる。達也の格好を見て、深雪も水波も驚きを隠せなかった。

 

「……達也様、出撃ですか?」

 

 

 達也は四葉家が開発した飛行戦闘服『フリードスーツ』に身を包み、手にはそのヘルメットを抱えていた。

 

「巳焼島がパラサイトに襲われた。合計二十五体の敵中には、スターズの一等星級が四人含まれている。リーナが守備隊に加勢しても、対応しきれない」

 

「分かりました。達也様、ご武運を」

 

 

 達也の答えはやや言い訳臭かったが、それに対する深雪の言葉には、一切の裏が無かった。

 

「二人は病室に戻った方が良い」

 

「分かりました」

 

「なるべく早く戻ってくるつもりだが……深雪、水波、無理をするなよ」

 

 

 深雪は達也が何故そんな事を言ったのか、理解していた。深雪だけではなく、水波も達也の出動が彼を引き離す為の策によるものであり、彼がいない内に光宣が襲ってくるに違いないと分かっていた。

 

「はい、ご心配には及びません、達也様。ここは私にお任せください」

 

 

 深雪は光宣の襲撃があると理解しながら、笑顔で頷いた。彼女の瞳には、欠片の不安も浮かんでいなかった。

 

「……水波、少しいいか?」

 

「は、はい……?」

 

 

 ここで達也は深雪ではなく水波を連れて廊下に出る。何故自分が指名されたのかが分からない水波は、困惑を隠しきれないといった表情ながらも、達也の後に続き廊下に出る。

 

「深雪が無茶をしないよう気を付けておいてくれ」

 

「もちろんです。私は深雪様のガーディアンですから」

 

「そういう意味ではないんだがな……とにかく、やり過ぎないように気を付けておいてくれ」

 

「? 良く分かりませんが、深雪様の御身は御守りします」

 

「頼んだ」

 

 

 達也が何を気にしているのか、水波には分からなかったが、例え自分の身が滅んでも深雪だけは守ろうと改めて決意して、水波は深雪の許に戻った。

 

「何のお話しだったの?」

 

「深雪様の事を頼まれました」

 

「そう……達也様は心配性ね」

 

「深雪様……?」

 

 この時水波は、もし光宣が攻めてきても深雪には秘策があるのだろうと察し、達也が何を心配しているのか何となく理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守備隊の抵抗は、デネブの予想を超えて頑強だった。激しくはない。デネブのボートにもベガのボートにも被害は出ていない。だが、なかなか岸に近づけない。ボートが止められたり押し戻されたりすることこそ無いが、船足は間違いなく遅滞妨害を受けている。

 船に対する攻撃も、簡単に防げるものではなかった。スターダストだけでは船体にダメージを被っていただろう。簡易な造りの上陸用のボートだ。沈められていた可能性も十分にある。

 

「アンタッチャブルか。虚名じゃなかったんだな」

 

 

 デネブは獰猛な笑みを浮かべて呟いた。彼女は自分の思考が声になっている事に気付いていない。彼女は元々好戦的な質だが、興奮して自分の状態が分からなくなる程ではなかった。これはパラサイト化による変化だが、デネブ本人に自覚はない。

 予定より時間は掛かっているが、前進を続ければ何時かはゴールに到達する。遂に、上陸が間近になった。岸に立つ敵の顔が、肉眼ではっきりと見分けられる。

 

「あれは……?」

 

 

 自分の正面に小柄な人影を認めて、デネブは訝しげに眉を顰めた。魔法師の能力に性差はない。前線に立つ女性魔法師は、珍しい存在ではなかった。デネブの意思に引っ掛かったのも、装甲服を着てグレネードランチャーのような武器を構えている相手が、女性だったからではない。銃口を向けるその立ち姿が、デネブの記憶を刺激した。

 

「あいつ!」

 

 

 無意識下で覚えていた疑問の答えが、デネブの意識に到達する。

 

「シリウスの名を汚す裏切り者!」

 

 

 デネブがウェポンベルトからナイフを抜き、岸に向かって投げた。ナイフは正確にランチャーを構える女性魔法師へと飛んだが、命中する前にコントロールを失い彼女が経っている舗装された堤防に落下する。

 デネブの得意なスタイルは白兵戦。遠隔攻撃魔法はあまり上手くないと自覚している。彼女はボートの分隊を率いる責任から、彼女がシリウスと認める魔法師へすぐにでも飛び掛かりたい欲求を懸命に堪えた。

 

「(まだか……まだか!)」

 

 

 彼女が睨みつける視線の先で、女性魔法師が引き金を引く。ランチャーの銃口が火を噴き、自分も構築に参加していたボートの多層シールドが撃ち抜かれたのを、デネブは知覚した。




戦士としてのリーナは使える

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