劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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すぐ調子に乗るんだから……


一瞬の愉悦

 リーナはヘルメットの望遠機能で、ボートの指揮を執っているベガとデネブの姿を認めた。

 

「(シャル、レイラ、貴女たちも!?)」

 

 

 ボートに乗っているのは全員がパラサイトだと分かっている。その中にベガとデネブを見つけたリーナの心に湧きあがったのは、怒りでも「ざまあみろ」という歪んだ喜びでもなく、哀しみだった。彼女は何処までも善良に出来ているようだ。

 

「(パラサイトになったなら、真実を知っているでしょうに)」

 

 

 しかし、トリガーに掛けた指が躊躇で固まる事は無かった。リーナは、戦士として精神的に欠けているところが多い。むしろ戦士に向いていないとはっきり言い渡してやる方が彼女の為――そういうレベルだ。

 だが、敵に同情して味方を危地に陥れることだけはない。それだけは、彼女が持っている戦士の適性だった。彼女が構える火器は、銃身の太さこそグレネードランチャーだが銃口は大口径ライフル程度しかない。異様に銃身が厚いのだ。バレルの内側にライフリングはない。その点だけ採り上げれば、散弾銃に見える。

 しかし、これは純粋な火器ではなく武装デバイスだった。巳焼島で開発中の、武装一体型CADの試作品だった。開発スタッフから渡された武装デバイスの引き金を、リーナが引く。分厚い銃身の根元で、導電体がプラズマ化する。プラズマは自らの膨張圧により銃身からあふれ出ようとするが、銃口に生じた強力なプラスの電場に電子が引き寄せられ、逆に陽イオンは、その電場に反発する形で拡散が抑え込まれる。電子と陽イオンが分かれたところで――といっても掛かる時間は一瞬だ――今度はバレル内部に陽イオンを銃口方向へ加速する電磁場が形成される。バレルが超小型の線形加速器になったのだ。この時点で銃口の電場は解除されている。拡散しようとした電子は銃口から噴き出した陽イオンに引きずられ中性子雲となってターゲットに襲いかかる。

 つまり、この武装デバイスは荷電粒子ライフルだった。リーナのブリオネイクとは全く原理が違う。威力も明らかに劣る。だが――

 

「(これって、なかなか……!)」

 

 

――リーナが現在の憂鬱な状況を一瞬忘れて、ご機嫌になる程度の性能はあった。中性粒子(中性子ではなく、全体として電気的に中性のプラズマ群)のビームが、デネブの乗るボートの魔法シールドにぶつかる。障壁魔法が想定しているのは音速の十倍程度までの個体物。音速の百倍以上に達する、総質量が小銃弾に匹敵するプラズマの衝撃を受け止める事は想定していない。中性粒子ビームは魔法シールドを貫き、ボートを貫通して海中で小規模な水蒸気爆発を起こした。

 デネブとその同乗者が海に投げ出される。リーナは銃口をベガのボートへ向けた。ベガが重力制御魔法で海水の塊を持ち上げて盾にする。リーナの武装デバイスの性質を、ベガは一目で見抜いたようだ。

 それに対してリーナは、達也に用意してもらった思考操作型CADで反重力中和魔法を発動した。これは重力場そのものに干渉するのではなく、斥力に捻じ曲げられた重力場を正常な引力に書き直す魔法だ。重力制御魔法には、重力の性質を引力に保ったままその方向を改変するものもある。ベガの魔法が重力のベクトルに干渉するものだったならば、リーナの反重力中和魔法は何の効力も発揮しなかった。

 だがリーナの魔法により、ベガが掲げた水の盾は海面に落ちた。荷電粒子ライフルのトリガーが引かれる。中性粒子ビームが、ベガの魔法シールドに激突。隊長の名は伊達ではないのか、デネブのシールドを貫いた粒子線に、ベガの障壁は耐え抜いた。

 

「(まだよ!)」

 

 

 しかし次の瞬間、拡散して海面に散ったと見えたプラズマが高熱を帯びて輝く。リーナの得意魔法『ムスペルスヘイム』。通常であれば空気分子を高エネルギープラズマに変えるだけだが、この場の大気には荷電粒子ライフルが放ったプラズマが散乱している。今、リーナが発動した『ムスペルスヘイム』は規模こそコンパクトだが、威力は高い。灼熱の領域に触れて、魔法障壁が崩壊する。

 それと、ほとんど同時。ベガと彼女の指揮下にあるスターダストは、ボートを捨てて一斉に海へと飛び込んだ。プラズマがボートを呑み込む。その熱で水素燃料が発火し、ボートは海の藻屑と消えた。

 リーナが武装デバイスを下ろし、一息吐く。だが、油断は一つ息を吐く間だけの事だった。リーナのミラーシールドが、見えない光条を海へ叩き落とす。連射される高エネルギー赤外線レーザー弾。レグルスの『レーザースナイピング』だ。

 しかし連射と言っても、魔法の性質上射撃と射撃の間には一秒前後の間隔がある。リーナはレーザースナイピングの着弾を認識した直後にシールドを解いて、レグルスの居場所を確認した。海岸から約一キロ、輸送艦ミッドウェイの舳先だ。

 リーナがミラーシールドを張り直す。ミラーシールドは、術者から見て外から内に入ってくる電磁波を遮る障壁。内側から発射する粒子線は邪魔しない。リーナの武装デバイスから中性粒子ビームが放たれた。

 

「あらっ?」

 

 

 しかしその直後、リーナの口から気の抜けた声が漏れる。輸送艦に命中した手応えが無かったのだ。




達也の技術力とリーナの戦闘力が合わされば、大抵の敵は片付くだろうけど……

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