劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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陽動としては成功した…のか?


敵の動き

 ミラーシールドは外側から入ってくる可視光線も遮断する。つまり、シールドの向こう側で何が起こっているのか見えない。だが船体に中性粒子ビームが命中すれば爆発の音が聞こえてくるだろうし、魔法障壁で食い止めたのであれば想子場の揺らぎが伝わってくるはずだ。

 リーナは移動系魔法で大きくポジションを変えてレーザースナイピングの照準を外し、ミラーシールドの無い状態で輸送艦に目を向けた。

 

「ゾーイ!?」

 

 

 輸送艦の舳先には、レグルスと並んでスピカが立っていた。スピカは右手を真っ直ぐに伸ばしてリーナを指差している。彼女の得意魔法『分子ディバイダー・ジャベリン』の発動態勢。しかしあの魔法は中距離用で、一キロ離れていては届かない。

 

「(……そうか!)」

 

 

 リーナは荷電粒子ライフルのトリガーを引いた。中性粒子ビームが発射され、リーナとスピカのちょうど中間地点で拡散を始める。輸送艦の手前では、ビームは完全に霧散していた。

 

「(やっぱり!)」

 

 

 分子ディバイダーは電子の電気的極性を見かけ上で逆転させ、分子間結合を切断する魔法。荷電粒子ライフルに向けて直線状に形成された電気的極性逆転のフィールドが、中性粒子群に含まれる電子の極性を反転。中性粒子群を正電荷の粒子の集合体に変える事で、粒子同士を反発させ拡散に導いたのだ。

 レグルスが、スピカの隣から跳ぶ。リーナが荷電粒子ライフルの銃口をレグルスに向ける。だがレグルスは空中・海面を蹴ってジグザグに進み、リーナに照準をつけさせない。リーナの得物がブリオネイクであれば、レグルスの回避は意味をなさなかった。ブリオネイクのプラズマビームは、リーナが定義した通りに走る。収束も拡散も、屈曲も思いのままだ。リーナが目で追えないスピードで回避しない限り、ブリオネイクの砲撃からは逃れられない。

 だが荷電粒子ライフルは銃口から真っ直ぐビームが撃ち出されるだけだ。照準をつけられるのは射手のテクニック。リーナはライフル射撃が、それほど上手くない。

 リーナは荷電粒子ライフルを投げ捨て拳銃を――正確には拳銃一体型CADを抜いた。貫通力増幅の武装デバイスなら日本でも従来から作られている。彼女は自分が慣れている武装デバイスに近い物をCAD開発棟のスタッフに出させて装備していた。

 輸送艦が沖へ遠ざかっていく。だがリーナに、それを気に掛けている余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調布碧葉医院の駐車場から淡いブルーの自走車が発進する。達也が運転するエアカーだ。交通法規、航空法を無視して路上から飛び立ったエアカーを、光宣はパラサイドールではないガイノイドに持たせた隠しカメラを通じて見送った。

 

「……ミッション開始だ」

 

 

 独り言のような口調で光宣が呟く。もちろん実際には、独り言ではなかった。光宣の言葉に応じて、運転手がドライバンを路肩から発進させる。この運転手は九島家から派遣された人間で、今は光宣の暗示下にある。

 光宣の声は、無線を通じて他のドライバンにも伝えられた。光宣が乗っている物を含めて、合計で六台。その貨物室にパラサイドールと戦闘用ガイノイドを積み、それぞれ別々の道を通って水波が入院している病院を目指した。

 

「(もうすぐだ。もうすぐ、水波さんが僕の手元に――僕のものに)」

 

 

 自分が迎えに行けば水波は着いて来てくれると信じている光宣は、調布碧葉医院に到着して、水波の病室にさえ辿り着ければ自分の勝ちだと信じ込んでいた。強制はしないと言っておきながら、光宣は水波の気持ちを考える事をしていなかったのだった。

 

「待っていてくれ、水波さん」

 

 

 彼女も自分の事を少なからず想ってくれているはずだと信じ、達也がいない今、自分の気持ちをぶつければきっと上手くいく。光宣はそんな事を考えながら、九島家の人間が運転するドライバンが病院に近づくにつれて水波の事を強く思い描いていた。彼女の側に、深雪がいるという事は完全に失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道路交通に関する法規と航空管制に関する法令を無視して行動から空に飛び立った達也は、当局の停止命令も追跡も受けなかった。

 登録上、航空機ではなく自走車であるエアカーは無線チャンネルを開けておくことを要求されていない。警察のヘリコプターではエアカーのスピードについていけないし、国内の道路から離陸する飛翔体に対して、空軍にはスクランブル発進を実施する手順が無い。

 つまり、当局には命令する手段も追跡する手段も無かったのである。ナンバープレートは街路カメラで見られているだろうから、後で出頭を命じられる恐れはある。だがその時はその時だ。達也の側には、自国領土である巳焼島が外国勢力による侵攻を受けているにも拘らず国防軍が出動しなかった、という言い分がある。

 法的な免責の根拠にはならないが、取引材料にはなる。それに今は、そんな事を気にしていられる状況ではなかった。達也は湾岸線に出ると、東京湾を縦断し浦賀水道上空を抜けるコースにエアカーを乗せた。一応、陸地の上を避ける気遣いはあったのだ。達也はエアカーの速度を時速九百キロまで上げて巳焼島を目指した。




むしろ深雪の方が危ない……

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