劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也なら、すぐに名乗れるだろうし……


暴走車に乗った魔王様

 リーナが着ている装甲服は拳銃弾を食い止めたが、防ぎ切れなかった着弾の衝撃により、リーナが左手のナイフを手放してしまう。彼女は咄嗟に、ムスペルヘイムを発動した。狭い範囲に生じた高エネルギープラズマを、ベガ、デネブ、レグルスは跳躍して躱す。プラズマが消滅し、その中央に肩で息をするリーナが姿を見せた。ベガとデネブ、ベガとレグルスが一瞬ずつ視線を合わせた。

 リーナがトリガーを引く。発射された銃弾に、貫通力増幅の魔法は作用していなかった。拳銃弾をレグルスが魔法障壁で受け止める。頭上から落ちてきたダンシング・ブレイズを、デネブが手に持つナイフで叩き落とす。ベガが作り出した斥力場が、リーナの身体を弾き飛ばした。舗装された堤防沿いの道から溶岩原の岩場へ、リーナが落下する。

 ベガたち三人が慎重な足取りで道路の端に歩み寄り、リーナを見下ろす。リーナは辛うじて片膝を突き、起き上がっている――が、すぐには立ち上がれない。

 ベガが右手をリーナに向ける。リーナは闘志を失っていない目で、ベガを見上げ、睨んだ。だがベガは薄らと笑い、デネブが拳銃を、レグルスが細剣の切っ先をリーナに向けると、リーナは口惜しげに唇を噛んだ。

 その、直後のことだった。墜落と見まがう勢いで、淡いブルーの自走車が空から風を裂いて落ちてきた。道路の端に立つベガたちを目掛けて。

 ベガがエアカーに斥力場をぶつけるが、彼女が作り出した斥力場は、完成する直前に霧散した。その結果に目を見張るベガ。彼女だけでなく、デネブとレグルスも信じられないという目でエアカーを見上げた。デネブの十メートル手前で、自走車――エアカーが着陸する。そのまま自分たちを轢き殺しにくるエアカーを、三人は堤防に跳躍して躱す。

 エアカーがタイヤを軋らせずに停止する。道路との摩擦で止まるのではなく、車体全体に制動を掛けた結果だ。運転席のドアが開き、飛行装甲服フリードスーツに身を包んだ達也が、巳焼島の戦場に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調布から巳焼島まで二十数分。全工程を亜音速で翔け抜ければ、その二分の一の時間で到着した。だが調布から海上に出るまでの時間、東京湾内で加速する時間が、それだけの時間を要求した。

 巳焼島上空に到着する前から、達也には厳しい状況が分かっていた。島からリアルタイムでデータを受信していたし、リーナが敵と撃ち交わす魔法の波動もキャッチしていた。しかし達也に、瞬間移動は使えない。現代魔法に、テレポーテーションは無い。彼は湧きあがる焦りをねじ伏せ、エアカーのコントロールに意識を集中した。

 巳焼島がノーズのカメラに映る。達也はほとんど減速せずに、戦場となっている島の北東岸へと突入した。航空機用の滑走路は使わない。戦闘が行われている堤防沿いの道路に、達也は直接着陸した。途中、エアカーの進路を妨害する目的で放たれた反重力魔法は術式解散で無効化する。

 道路上には味方の守備隊もいたが、彼らを轢かないように急制動を掛ける。その途中には敵の個体もいたが、そちらは一切考慮しなかった。――エアカーで轢き殺せるなら、その分手間が省ける。達也はそういう風にしか考えなかった。

 三体のパラサイトが、跳躍魔法でエアカーの進路から逃れる。その三体がスターズ一等星級の成れの果てであることは一目で――「眼」を向けるだけで分かった。

 巳焼島の車道は左側通行だが、それを無視してエアカーを右側に止め、達也は運転席を降りる。道路横の岩場には、リーナが苦し気に膝を突いていた。

 

「リーナ、まだやれるか?」

 

 

 リーナの状態は『視』えている。であるにも拘わらず、達也は非情な問いかけを行った。こうする事によって、リーナが奮起する事は達也にも分かっているのだ。

 

「やれるわよ!」

 

 

 達也の思惑通り、リーナが全身に力を入れて立ち上がる。ふらりとよろけたが、強く足を踏みしめて何とか転倒を免れた。

 

「すぐに消す。援護を」

 

 

 リーナの応えを待たず、達也が堤防の三人に振り向く。もっともリーナは、達也の冷たい声がもたらした、背筋を震わせる戦慄で返す言葉を失っていたのと、自分に達也の左手が向けられた――と思った次の瞬間には全身から痛みが消えていたことに驚いていた。

 達也をエアカーごと吹き飛ばす魔法がベガから放たれる。しかし彼女の魔法は、魔法式がエイドスに定着する直前、逆に吹き飛ばされた。達也の全身から放たれた高圧の想子流で。

 

「術式解体!?」

 

 

 ベガとデネブの口から、同じ言葉が流れる。達也の右手が上がるが、その手に拳銃形態のCADは無い。ただ、指差す。スーツに内蔵された完全思考操作型CADによる『雲散霧消』。タイムラグは、ゼロに等しかった。領域干渉を消し去る時間も観測されなかった。情報強化を剥ぎ取る時間も観測されなかった。生体組織の分子間結合を切り離す時間も観測されなかった。ただ一瞬で、レグルスの身体が霧散する。服も、デバイスも、何も残らない。残ったのは、想子の衣を纏った霊子情報体。パラサイトの本体。

 達也の左手が突き出される。徹甲想子弾、射出。その標的は「レグルスだったもの」ではなかった。




勇者にも魔王にもなれる男……
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