劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1815 / 2283
威厳が半端ない


往来での問答

 光宣は病院の手前、約二百メートルでドライバンを降りた。このあたりは背の高い建物も多く、調布碧葉医院は最上階が少し見えるだけだ。彼とほぼ同時に、荷台から六体のパラサイドールが降りてきた。他の車も、積み荷は同じ。光宣が用意した戦力は、パラサイドール三十六体。旧第九研から奪取した十五体。それに加えて光宣は、生駒の工場に用意されていたガイノイドの素体から二十一体のパラサイドールを完成させた。

 パラサイドールの素体は軍用のマシンソルジャーだが、彼女たちの服装はカジュアルなものだった。ボトムスは全員足首まであるパンツだが、上はブラウスやTシャツ、サマーセーターなど様々だ。現在時刻は昼の最中で、この辺りも一般の通行人が歩いている。今日は新ソ連侵攻の情報でいつもより遥かに通行人は少なかったが、ゼロではない。閑散という程でもない。パラサイドールはその中に混じっても違和感のない恰好だった。

 違和感と言えば、最も強く異彩を放っていたのは他ならぬ光宣だろう。彼は魔法で姿を変えていなかった。彼が持つ天上の美貌に、道行く人々は足を止めて見惚れる。病院へと進む光宣の周りに、人が吸い寄せられていく。光宣が足を止めると、群衆も足を止める。光宣は、彼の行く手を遮る大柄な青年を見上げていた。

 

「十文字さん、通していただけませんか」

 

「こんな時間に姿を見せるとは思わなかった」

 

 

 克人の返事は、光宣のリクエストとは関係のないものだった。光宣は克人のセリフに対して、冗談交じりで応えを返す。

 

「吸血鬼ではありませんから、夜にしか外出しないという事はありません」

 

「お前は確かに、普通の吸血鬼ではない。だが吸血鬼でないとも言えまい。吸血鬼は人の血を吸って、人を人間以外のものに変える。これはフィクションの中のエピソードだが、お前はリアルな存在だ」

 

 

 光宣の冗談に対して、克人は真顔でそう言い返した。

 

「心外ですね。僕は手あたり次第に人を襲ったりはしません」

 

「だがお前は今、一人の少女を人間以外のものに変えようとしている。まして彼女は既にお前からの提案を断ったと聞いている。なのにお前は彼女を人間以外のものに変えようとするのを、襲う以外で表現出来まい」

 

 

 光宣と克人の問答は街を行き交う人々の前で行われていた。通行人の間からは「映画?」とか「ロケ?」とかの囁きも交わされていたが、それは少数派だった。人々は、二人の会話に創作では片付けられない真実の重みを感じていた。

 

「十文字さん、ここを通してください」

 

 

 光宣がもう一度、克人に要求する。今度は真剣味が増した表情で克人を睨みつけながら。

 

「九島光宣、お前を拘束する」

 

 

 克人の答えは単なる拒絶ではなかった。光宣は特に驚いた様子もなく、克人の答えに対して落ち着いた態度で対応する。

 

「どんな罪状で? 僕はただ知人の少女を見舞おうとこの病院を訪れただけです」

 

「一般道路に軍事兵器を無許可で持ち込んだ罪だ」

 

 

 克人の言葉と共に、彼の背後から十文字家の息が掛かった私服刑事が警察手帳を示しながら現れた。兵器、という克人の言葉と、それを裏付けるような警察の登場に、群衆が動揺する。だが当の光宣は、慌てた様子もなくパラサイドールを見ながら苦笑するだけだった。

 

「パラサイドールの事ですか……これは一本取られましたね。ですが、これだけ多くの一般人がいるところで戦えますか?」

 

 

 光宣が、克人を挑発する。彼は目的の為にはどれだけ犠牲が出ようが構わないのだ。勝手についてきた群衆を巻き込むことを躊躇う必要は無い。

 

「市民を巻き込むつもりか!」

 

 

 一方の克人たちは、光宣さえ捕まえられればそれで良い――というわけにはいかない。克人は光宣に怒号を発しながら、光宣を閉じ込めるべく魔法障壁を発動した。しかしその瞬間、光宣と、少し離れて彼の背後にいたパラサイドールが入れ替わる。瞬間移動ではない。克人と会話を始める直前、『仮装行列』で外見と「存在感」を入れ替えていたのだ。克人が冷静だったなら気付けたかもしれないが、光宣の挑発行為に対して頭に血を登らせていた克人を騙すのは、それほど難しい事ではなかったのだ。

 光宣が入れ替わった場所から魔法の電撃を私服刑事に放つ。克人の部下が、障壁魔法で私服刑事を庇った。その一方で光宣の身代わりになったパラサイドールが克人に突進する。克人の魔法障壁と、パラサイドールの魔法障壁がぶつかり合い、想子光の火花を散らす。このパラサイドールは、対物障壁魔法を専門とするタイプだった。

 パラサイドールの魔法は特定の分野に特化する傾向がある。多様性が無い代わりに、その分野では強大な能力を発揮する。障壁魔法に特化した個体が、障壁魔法で克人に抗いうる程に。とはいえ、克人と互角に戦えるレベルではなかった。克人は光宣から目を離す事を余儀なくされたが、本気になることでパラサイドールの魔法障壁を破壊し、そのままパラサイドールの機体を押し潰した。先日達也との一騎打ちに敗れた事で、彼も更なるトレーニングを積んで、それなりにパワーアップしているのだ。




光宣が見境なくなってるからな……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。