劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この程度では動じない


深雪の余裕

 わずかな時間パラサイトを観察していた達也は、一つの可能性に行きついた。

 

「(怯えている……のか?)」

 

 

 その在り方はあまりにも異質だが、パラサイトも生命体だ。生命体である以上、自己保存本能があり、自己保存本能に基づく恐怖心も、あるかもしれない。しかしパラサイトが恐怖し、逃走を試みるというのは、にわかに納得しがたかった。

 

「(……いや、今はそれどころではないか)」

 

 

 巳焼島に対するパラサイトの侵攻は、まだ終わっていない。特に強力な三体は事実上斃したが、まだ十体以上のパラサイトが守備隊と交戦している。島のパラサイトだけでなく、光宣の動向も気がかりだ。このパラサイトによる侵攻が、自分を引き離す為の陽動であることを達也は確信している。まだ深雪に危害が迫っている状況ではないが、一刻も早く調布に戻らなければならない。

 

「(このままやるか?)」

 

 

 想子は非物質粒子。組織化された神経細胞以外には干渉しない。影響も受けない。無系統魔法の使い勝手は、海の中でも大気中と変わらない。

 そのとき、「ベガだったもの」が急に移動を開始した。沖へ。達也から逃げるように。達也は咄嗟に、海中へ想子の塊を放った。ベガの進行方向に投下した想子塊を、手前にし攻勢を持たせて爆発させる。

 パラサイトは想子の外皮を半分近く失いながら、コアの霊子情報体は無傷で空中に打ち上げられた。霊子情報体の構造は分からなくても、存在は分かる。厚みが半分に減った想子の外皮は、その構造まで「視」えている。達也は「ベガだったもの」に『封玉』を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の外に出現したパラサイトの本体を、深雪は水波の病室にいながらハッキリと知覚した。

 

「夕歌さん」

 

『何かしら』

 

 

 深雪はインターホンを操作して、再び夕歌を呼び出す。深雪の方は普段通りだったが、応える夕歌の声には、焦りが含まれていた。

 

「パラサイトの本体が発生しています」

 

『……分かっています』

 

「このままでは市民に被害が出ます。夕歌さんは配下の方とご一緒に、外のパラサイトの封印に向かってください」

 

『それでは、病院内が無防備になりますよ?』

 

「市民に犠牲が出れば、せっかく下火になっている反魔法師運動が再び勢いづくでしょう。それは、避けなければなりません」

 

『しかし……』

 

「侵入した敵は私が何とかします」

 

『……分かりました』

 

 

 小さなディスプレイの中で、夕歌が渋々頷く。夕歌にも深雪が言っている事は理解出来ている。再び反魔法師運動が勢いづけば、達也の時間を更に奪ってしまう結果になる。それだけは避けなければならないのだ。

 

『深雪さんの仰ることは尤もです。市民に犠牲が出ないよう、まずパラサイト本体を封印して参ります。少しの間、院内をお願いします』

 

「夕歌さんが戻ってこられるまでの間くらいなら、持ちこたえてみせます」

 

 

 深雪は力んでいる様子もなく、さらりとそう告げた。深雪が光宣に脅威を覚えていないと、彼らの向こうで夕歌は理解した。

 

『なるべく早く戻りますので、無茶だけはしないでくださいね? 貴女に何かあれば、私が達也さんに怒られちゃうんだから』

 

「大丈夫ですよ。達也様程の実力を有した敵なら分かりませんが、今の光宣君なら私でも対処出来ますから」

 

『……何か秘策がありそうね。分かりました、深雪さんの秘策を信じ、私たちは外の敵に集中します』

 

「お願いします」

 

 

 夕歌との通信を終え、深雪は巳焼島がある方へ視線を向け、小さくため息を吐いた。

 

「深雪様?」

 

 

 もしかしたら深雪が強がりを言っていたのではないかと不安になった水波は、不安そうな声で深雪の名を呼ぶ。

 

「どうかしたの? あっ、もしかして追試が心配?」

 

「い、いえ……」

 

「追試の事を忘れてたようだけど、この件が片付いたら水波ちゃんはテストなんだからね? あんまり気を抜いてたら駄目よ?」

 

「も、申し訳ございません」

 

 

 何故追試の事で自分が注意されているのかが分からないが、水波はとにかく頭を下げた。主である深雪に注意されたらそうするしかないのだが、水波は話がズレた事に気が付き、今度はしっかりと深雪に尋ねる事にした。

 

「津久葉様に仰られた事は事実でしょうが、深雪様お一人で数十体のパラサイドールと光宣さまのお相手をしなければならないのですよね? 本当に大丈夫なのでしょうか?」

 

「さっき夕歌さんにも言ったけど、人間だった光宣君相手だったら苦戦したかもしれないわ。何せこちらには『相手を殺してはいけない』という制限が掛かっているのだからね。だけどパラサイトになった光宣君なら話は別よ。私だって成長しているのだから、永遠に動かなくなるという事は無いでしょうから」

 

「(達也さま、深雪様は最初からやる気満々です……これは私では止められそうにありません)」

 

 

 もし達也がこの場にいれば、このような心配はしなくて済んだだろう。達也は光宣の利用価値を考えて前回消し去る事を躊躇ったのだが、深雪は最初から光宣の事を停めても仕方がないと考えている。達也の許しがあればこのような事で頭を悩ませることは無いのだが、水波は深雪が光宣を停めてしまうのは何としても止めなければと心に決めたのだった。




むしろ深雪が水波に負担を掛けているようにも見える……

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