劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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策士・小野遥


二回目の帰り道

 生徒会室では今日も目に見えない何かが支配していた。だがそれに気付いているのはこのプレッシャーを放ってる深雪と、その深雪の感情の機微に敏感な感性を持っているあずさだけだった。

 

「会長、昨日もでしたけど何かあったんですか?」

 

「え? な、何がでしょうか」

 

「いえ、なんだか震えてるような感じが見受けられるので」

 

「だ、大丈夫です。それよりも光井さん、もう作業には慣れましたか?」

 

「さすがにまだ……ですが、失敗しないように気をつけてますので、大丈夫だとは思います」

 

 

 新生徒会役員としてほのかが選出されてからまだ一週間も経ってない。さすがに慣れるまでは行かなくとも、確実に作業はこなしてるのだ。

 

「中条先輩、五十里先輩は如何したのでしょうか?」

 

「あっ、五十里君なら千代田さんに連れて行かれちゃった……何でも風紀委員本部に置いておいた重要書類が見当たらないとかで……」

 

 

 風紀委員会本部の書類の整理は大体が達也の担当になっているのだ。その達也がいない場合は五十里に花音が泣き付いて一緒に作業するのが、この一週間足らずで定番になってしまっているのだ。

 

「そうですか。千代田委員長にももう少ししっかりしてもらいたいですね」

 

 

 深雪のプレッシャーが強まり、さすがにほのかと手伝いの雫も違和感に気付く。だがしかしその原因に声を掛ける事は、ほのかにも雫にも出来ずに、この部屋の主へと視線を向けるのだった。

 

「えっと……司波君は今日も平河先輩の説得に?」

 

「そのようですね。お兄様はお人がよろしいので、頼まれたら嫌々ながらもしっかりと責務を果たすお方ですので……」

 

「そ、そうなんですね、あはは……」

 

 

 乾いた笑いを出すしか選択肢の無かったあずさは、笑いながら後輩二人に助けを求めた。だがその二人はあずさが視線を向けると同時に書類へと視線を逸らした為に、あずさの救援要請は黙殺される事になってしまったのだ。

 

「えっと、今日はもう大丈夫ですから、司波さんも光井さんも北山さんもお疲れ様です」

 

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

 若干強引ではあったが、既に大半の仕事を終えていたのであずさの終了の挨拶に誰一人疑問を投げかける人は居なかった。

 深雪たちが帰ってから暫くして、生徒会室に戻ってきた五十里は、この部屋から去る前よりもゲッソリしているあずさを見て驚いたという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡りカウンセリング室。遥に半ば強引に連れて来られた達也の姿を見て、小春の表情は明るくなった。

 

「平河先輩、代表選出おめでとうございます」

 

「ありがとう。でも自信が無いのよね……」

 

「何言ってるの。せっかく代表に選ばれたんだから、もっと自信持って!」

 

 

 遥の励ましにも、小春は力なく首を左右に振るだけだった。

 

「市原さんと五十里君は誰もが納得する選出だと私も思う。だけど私は次点の関本君に勝ってるとは思えないの」

 

「直接論文を拝見した訳では無いので説得力は無いかもしれませんが、魔法科高校の教師が選出した人なら誰も文句はつけないと思いますけど。それに、平河先輩の成績から考えても、妥当な人選だと俺は思いますけどね」

 

 

 一学期の試験の結果を端末に表示しながら達也は説得をする。元々前向きに検討していた事では無いにしても、こうして相手を正面に据えるとそれなりには説得作業をするのだ。

 

「こりゃここでは駄目そうね。司波君、今日も平河さんを家まで送ってあげて」

 

「別にここでも問題は……」

 

「悪いけど私、この後用事があるの。だからもうカウンセリング室を閉めるのよね。だからお願いね」

 

「……職務放棄では無いですか?」

 

 

 達也のジト目に耐えられず、遥は小春と達也の背中を押しカウンセリング室から追い出す。傍から見えれば達也が言ったように職務放棄に見えなくも無いが、これが一番説得に良いと遥は信じているのだった。

 

「それじゃあ、行こうか?」

 

「仕方ありませんね。カウンセリング室が使えないならまた帰り道で説得しますよ」

 

 

 少し楽しそうにしている小春を見て、達也は苦笑いを浮かべる。だが達也を良く知る人間がその表情を見れば、決して嫌がってる訳では無いとすぐに分かっただろう。彼の苦笑いには結構種類があるのだ。

 

「それで先輩は何で代表に向いてないと? 九校戦でもエンジニアとして選出されるほどの実力者じゃないですか」

 

「その九校戦で君に力の差を思い知らされて。それに小早川さんも……」

 

「ですからあれは平河先輩の責任ではありません。それは七草先輩や十文字先輩も認めてくれてますし、小早川先輩自身も言ってくれてるじゃないですか」

 

「でもね、今でも夢に見るの。魔法を失って小早川さんが地面に堕ちていく夢を……」

 

 

 キャビネットの中に気まずい空気が流れ始める。小春の記憶に残っている小早川の表情は、実際よりも険しい顔をしているのかもしれない。もしくは小春に恨みの視線を向けているのかもしれない。精神干渉系魔法が得意だった達也の母親が健在ならその記憶もただのデータとして処理出来たかも知れないが、生憎達也はその能力を遺伝してはいないのだ。

 

「司波君にも悪い事をしてるとも思ってる。わざわざ私の為に時間を割いてくれてるんだからね」

 

「いえ、平河先輩が気にする事ではありませんよ。これは小野先生からの頼み事ですからね。時間的余裕が無くなったらはっきりと小野先生に言いますので」

 

「そう、良かった」

 

「はい?」

 

 

 小春が何に安堵したのか、達也には理解出来なかった。それから暫く雑談を交わし、小春の自宅の最寄り駅へとキャビネットが到着する。

 

「お姉ちゃん」

 

「千秋? 如何したの?」

 

「では先輩、妹さんも居ますし、俺はこれで」

 

 

 達也は好意には鈍感だが敵意には鋭い感性を持ち合わせている。千秋が自分に良く無い感情を抱いてる事に気が付いている達也は、さっさと退散を決め込む事にしたのだ。

 

「ゴメンね、連日送ってもらっちゃって」

 

「いえ、それでは」

 

 

 達也が反対方向へと向かうキャビネットに乗り込んですぐ、千秋は小春に抱きつく。

 

「お姉ちゃん、代表選出だってね! おめでとう」

 

「ありがとう。でも私には荷が重いかなって」

 

「何で? せっかく選出されたんでしょ? 夏休み前から一生懸命論文を書いてたじゃない」

 

「うん……でもやっぱり私には無理かもって」

 

 

 家路を歩く間、小春はずっと上の空だった。自分より相応しい相手を見つけたと言わんばかりに自分の代表選出を否定する小春を、千秋は悲しそうな目で見つめていたのだった。

 

「お姉ちゃん、学校辞めないよね?」

 

「如何したのいきなり」

 

「だってあの人がお姉ちゃんを送り届けてるのって、お姉ちゃんを説得する為なんでしょ?」

 

「そうね……司波君にはホント迷惑掛けてるわよね。あんな噂まで流れてるし……」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 千秋は誰もいない方向に鋭い視線を向ける。自分が何で達也に敵意を持ってるのか、千秋自身理解していなかったのだった。




千秋が良い感じに嫉妬してます。

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