戦略級魔法の開発も一段落付き、多少時間的余裕が出来た達也は、水波が抜けて仕事が溜まっているであろう生徒会室に顔を出した。
「達也様! 本日はわざわざ――何故リーナがご一緒なのでしょうか?」
「ハイ深雪。なんだか巳焼島が不穏な感じだから、こちらに移動できないかってお願いして、今日から四葉ビルの地下施設? ってところでお世話になる事になったの。ここに来たのはその挨拶と、生徒会の手伝いよ」
「貴女がこちらで生活したら、国防軍に付け入る隙を与えてしまうのではなくて?」
リーナが日本にいる事に驚いているほのかや雫とは違い、深雪はリーナの姿を見て驚いたわけではない。彼女は、リーナが東京で生活するリスクを知っていたからこそ驚いたのだ。
「その辺りはご当主様が上手い事やってくれるみたいだから、深雪が心配する事じゃないわよ。それに、私だって姿を変えるくらいの魔法は使えるんだから、最初から疑ってない限りバレないわよ」
そう言って仮装行列を展開し、全くの別人に変身して見せるリーナ。リーナの事が国防軍にバレる心配は確かに低くなるだろうが、深雪は別の問題を気にし始める。
「四葉ビルの地下施設と言うと、達也様が暫く籠っていた場所ですよね? その場所をリーナに明け渡しても宜しいのでしょうか?」
「研究はもう俺の手を離れているし、リーナがこちらで生活するのは精々二週間、短ければ一週間もいないだろうから問題は無い」
「そうなのですか? ところでリーナ。巳焼島に感じた不穏って?」
「私にはよく分からないんだけど、ミアがパラサイトが近づいてくる予感がするって」
ミアが前にパラサイトとなり、自分たちと戦った過去がある事は泉美と詩奈以外は知っている――いや、泉美は真由美から当時の事を聞き出しているので、詩奈程驚きはしなかった。
「それなら貴女たちが巳焼島に残った方が対処しやすいんじゃないの? 達也様が到着するまでの間、貴女なら時間稼ぎくらいは出来るでしょうし」
「随分な言われようだけど、私があの場に留まったら、パラサイトが来た時により過激になるかもしれないわよ? どうせやってくるのは、パラサイト化したスターズの人間でしょうから」
「……そうね。貴女、人望無かったみたいだから」
深雪の言葉に、リーナが激高する。彼女も自分が慕われていなかったという事は自覚しているのだが、それを他人に言われて大人しくしていられる程人間が出来ていない。むしろ分かり易い挑発に乗ってしまうような人間なのだ。
「私だって好きで隊長をやってたわけじゃないのよ! それをやれ小娘だの、やれ統率力不足だの陰でぐちぐち言うくらいなら、さっさと私から地位を奪えば良かったじゃないのよ! その力もないくせにぐちぐち言われてた私の気持ちが、深雪に理解出来るわけ無いでしょうけども」
「分かりたくもないわね、そんな気持ち。そもそも言われたくなければ、それだけの結果を残せばよかっただけじゃないの? 任された仕事もろくにこなせなかったから、陰でそんな事を言われてたんだとは思わないの?」
生徒会室の温度が一気に上がったかと思えば、今度は一気に下がったような感じがして、ほのかたちは二人を交互に見る。リーナからは灼熱のオーラがあふれ出ていて、深雪の周りには氷原が広がっているような幻覚を見た。このままでは生徒会室で魔法大戦が勃発してしまう恐れがあると、ほのかはこの中で唯一二人を宥められるであろう人物に視線を向ける。
「深雪、落ちつけ。リーナも、そう言うところが未熟だと言われていたんじゃないのか?」
「も、申し訳ございません、達也様……」
「そうね……こんな安っぽい挑発に乗るなんて、成長してないわね……」
「そもそもこんな場所で魔法を使えば、深雪は兎も角リーナはマズいだろうが。魔法科高校には魔法感知システムがあるのだから、リーナの魔力を感知されたら国防軍やUSNA軍に居場所がバレる可能性だってある」
「あっ……」
もちろん、そんな事はあり得ないのだが、リーナは僅かな可能性ですら気にしなければいけない立場だ。達也にその可能性があると言われるまで、そんな事を考えていなかった自分を恥じ、視線を下に逸らす。
「そもそも貴女をUSNA軍に引き渡せば、巳焼島がパラサイトに襲われる可能性は下がるのでは?」
「私を狙っての事じゃないと思う……USNA軍は達也の計画を何とかして妨害したいみたいだし……というか、ディオーネー計画に達也を無理矢理参加させるつもりだから」
「まだ諦めてなかったの……達也様を宇宙空間に追いやる計画など、さっさと潰れてしまえば良いものを」
「深雪……今のオーラ、ご当主様にそっくりよ?」
「あらそう?」
「ええ。あの人も達也の事が大事みたいだから、USNAの話をしただけで嫌そうな顔をしてたし」
「それは当然よ。達也様を手放すなど、私も叔母様も絶対にあり得ないのだから」
深雪の表情を見て、リーナは先ほどまで感じていた苛立ちや居たたまれなさを一瞬で忘れ、思わず呆れてしまう。達也に「どうにかならないの」という視線を向けたが、その視線は黙殺されてしまったのだった。
自分が達也側に引き込んだ人が原作でも達也側に引き込まれていく……