劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リーナがいてもなぁ……


同じ結末

 達也が病院からいなくなってすぐ、光宣率いるパラサイドールに囲まれたと知らされ、リーナは平常心ではいられなくなった。ただでさえパラサイトと相性が悪いリーナなのだが、それに加えて相手を殺してはいけないという制限を掛けられてしまっているのも、落ちついていられなくなっている要因だった。

 

「ねぇ、私たちはどうすれば良いの?」

 

「どうする、とは?」

 

 

 慌てているリーナとは対照的に、深雪は何時も以上に冷静なような感じがする口調でリーナの問いに対して問い返す。リーナはどこか寒気を覚えながらも、何とか口を開いた。

 

「逃げるなり姿を隠すなりした方が良いんじゃないかって聞いてるのよ。このままじゃ光宣がこの病室に攻め込んでくるのは時間の問題でしょ? 達也が戻ってくる間でどれだけかかるかは分からないけど、少しでも時間をかせいだほうがいいと思うんだけど」

 

「そうね、達也様はこの戦いには間に合わないでしょうね。でも、時間をかせぐ必要は無いわ」

 

 

 自信満々に言い切った深雪に対して、リーナは危機的状況だというのに何も考えられなくなるくらい深雪の発言で呆然としてしまう。それでも一瞬以上思考を手放さない辺り、戦士としての資格はあるのだろう。

 

「確かに達也様はこの戦いには間に合わない。でも私たちは別に、光宣君を斃す必要は無いのよ」

 

「……どういう意味?」

 

「今回私たちの勝利条件は、光宣君を撃退して、水波ちゃんを守れればそれでいいのよ。光宣君を捕まえるのは達也様のお仕事。それを私たちが奪ってしまうのはマズいでしょ?」

 

「深雪が捕まえれば、達也に褒めてもらえるんじゃないの?」

 

「……いえ、危ない目に遭ったら達也様を心配させてしまう。確かに今の光宣君に対してなら、私は勝てるかもしれないけど、彼だって無抵抗にやられてくれるわけじゃないだろうし」

 

 

 深雪が本気を出せば、いくらパラサイト化した光宣であろうと無抵抗にやられてしまうだろう。だが光宣を捕まえるのはあくまでも達也の仕事であり、その仕事を自分がこなすなど深雪には考えられない所業なので、今回は水波を守れればそれでいいと自分に言い聞かしているようにもリーナには見えた。だがこれ以上深雪をやる気にさせようにも、彼女の中にある達也への想いがそれを許してくれないだろうとリーナにも分かっているので、とりあえず深雪に光宣を斃させることは諦めた。

 

「じゃあせめて、水波に私の仮装行列を施して、光宣の意識をこの病室以外の場所に向けさせるていうのはどうかしら」

 

「確かに貴女の仮装行列は相当なものなのでしょうけども、今の光宣君は貴女以上の仮装行列を行使出来るのよ? 意識を逸らせる自信はあるのかしら?」

 

「………」

 

「大丈夫よ。光宣君に指一本でも触れさせるつもりは無いから」

 

 

 そう宣言したタイミングで、扉の向こうに複数の気配を感じたリーナは、咄嗟に扉の側に移動しようとして、深雪に視線で制された。

 いったいどういうつもりかと深雪を睨みつけたが、彼女の周りに現れた氷雪の世界を幻視して息を呑んだ。油断すれば自分も凍り付いてしまいそうな程の冷気を、今の深雪は放っているのだ。

 

「(これが、深雪の自信……何て冷たさなの……)」

 

 

 扉を開いて踏み込んできたパラサイドールが、一瞬にして無力化されて床に崩れ落ちるのを見て、リーナは深雪の魔法とは別の寒さで身を縮こませる。もしリーナがパラサイドールと対峙していたら、ガイノイドの中に宿っていた本体が解放されて、より危険な状況になっていたかもしれないが、目の前ではパラサイトが解放されること無く、パラサイドールが無力化され転がっているのだ。

 

「光宣君、逃げなさい」

 

「えっ……」

 

 

 深雪の言葉に驚きの声を上げたのは、光宣ではなくリーナだった。彼女は深雪が光宣を捕らえるつもりが無い事は聞いていたが、何もせずに逃がすとは思っていなかったのだ。

 確かにこれだけ圧倒的な力の差を見せつければ、次の機会を窺うような事はしないだろうが、その分光宣を捕らえる事が難しくなる。なのに深雪は光宣に何もせずに逃がそうとしているのだ。それは間接的に達也の仕事を妨害しているようにすらリーナには感じられたからだ。

 

「貴方が何処に逃げようと、達也様は必ず貴方の居場所を突き止めるでしょう。私は別に、貴方が何処に逃げようと関係ありません。ただ水波ちゃんを守れればそれで良いの。だから、逃げなさい」

 

 

 リーナは深雪のセリフには続きがあるように感じられた。もちろんその続きとは「逃げなければ貴方はここで終わり」という、目の前でパラサイドールに施したような魔法が光宣に向けられるのだと理解していた。それは光宣も同じで、彼は深雪の提案に対してどうすべきか頭を悩ませている――ようにリーナには見えた。だが――

 

「そう、残念ね」

 

 

 光宣の答えを聞き、深雪が冷酷な笑みを浮かべながら右手を差し出すと、二人の間に水波が割って入った。そして水波の行動に動揺した深雪の一瞬の隙を突かれ、光宣が水波を抱えて病室から逃げ出す。咄嗟にリーナは光宣を追い掛けたが、鬼門遁甲を使われ光宣を見失ってしまう。病室に戻ったリーナが見たのは、泣きながら何度も操作をミスしながら達也に助けを求める深雪の姿だった。




逃げられたのか逃がしたのか……

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