劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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意外と熱心な達也です


休日の説得

 小春と別れ自分の最寄り駅まで戻るキャビネットの中で達也は考え事をしていた。

 

「(思った以上に平河先輩の決意は固いようだ。中退を考え直させるのがやっとだろうな)」

 

 

 小春の中で論文コンペティションの代表辞退は揺らがないと達也も理解していた。恐らく遥もそれが分かってたから達也に説得を委ねたのだろうが、さすがの達也も相手の意思まで分解する事は出来ないのだ。

 

「(せめて考え直すくらいにまでは説得した方が良いんだろうな……)」

 

 

 報酬も無ければ自分から進んで引き受けた訳では無い仕事だが、達也は小春の説得に頭を悩ませる時間が増えていた。もちろん付き合いが長い相手でも彼が悩んでるなんて事は見抜けないほどにだが。

 

「(あの無頭竜の情報、金額以上に高くついたな……)」

 

 

 最寄り駅に着きキャビネットから降りながら、達也は九校戦中に遥から買った情報を思い出しため息を吐いた。そのもの思い気な達也の表情に、駅にいた複数の女性が見蕩れたのだが、達也にはそれに気付ける余裕も感性も持ち合わせていなかった。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

 

 結局ろくな説得法も思いつかないまま、達也は自宅へと到着した。たった一人の家族に出迎えられ、達也は思考を切り替える。

 

「お兄様、平河先輩の説得に苦戦なさってるのですか?」

 

「深雪には隠せないか。まぁ苦戦というか、初めから俺には向かない仕事だからな」

 

 

 正面切って説得など、達也がするようなことではない。彼はどちらかと言えば裏で策をめぐらせて迅速に仕事を片付けるタイプの人間だからだ。

 

「深雪はお兄様には頑張ってほしいと思いますが、決して無理はなさらないでください。お兄様を心配なさる方は大勢居るのですよ?」

 

「そうか……なるべく心配を掛けないようにするさ。もちろん深雪にもな」

 

 

 優しく髪を梳くように撫でる達也の表情は、普段誰にも見せる事の無い優しい雰囲気を醸し出していた。その表情を見て深雪の顔は蕩け、兄に見せるような表情ではない感じになっていたのだ。

 

「深雪、明日少し出てくる」

 

「どちらへ?」

 

「説得だ。これで駄目なら小野先生も諦めてくれるだろうさ」

 

「そうですか……」

 

 

 せっかくの休日を達也と二人きりで過ごしたかった深雪は、少し不満げに表情を曇らせたが、最終的には達也に従うのだ。

 

「ではお兄様、夕食の準備をしますので、もう暫くお待ちください」

 

「ああ。それじゃあ地下に居るから出来たら呼んでくれ」

 

 

 家に居れば誰にも邪魔されない空間がある。だが深雪はそれでは満足出来ないほど、達也に依存しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨晩達也から連絡をもらった小春は、まだ日も昇らない内からそわそわしていた。原因は間違いなく達也なのだが、不思議と嫌な気分では無かった。

 

「お姉ちゃん? まだ早いよ?」

 

「千秋、起きちゃったの?」

 

「何か物音が聞こえたから……」

 

「そんなに大きな音したかしら?」

 

 

 自分がそんなにも浮き足立ってるのかと、小春は少し反省した。

 

「それで、オシャレして何処行くの?」

 

「ちょっとね。気分転換も兼ねて出かけないかって誘われたの」

 

「誰に?」

 

「司波君。彼真面目よね、休日まで私の説得に当ててくれるんだから」

 

「……私も行く!」

 

「えぇ!? でも千秋今日は一日家でゴロゴロするって言ってなかった?」

 

「予定変更! お姉ちゃん、司波君に確認して!」

 

 

 強引についていくと小春に怒られるので、千秋は達也の許可を求めた。だが自分では連絡先を知らないので、結局は小春に頼むのだが……

 

「仕方ないわね……」

 

 

 小春が達也にその旨を伝えると、すぐに了承の返事が着た。達也としては小春の説得以上の意味は無いので、同行者が居てもさほど問題では無かったのだろう。

 

「良いってさ。だけど迷惑だけはかけないでよね。これ以上司波君に負担はかけられないんだから」

 

「分かってる。それじゃあ私も準備してくる」

 

 

 千秋の同行に小春は少し残念な気分になった。もちろんそんな事を千秋には悟られないように振舞えるくらいには、小春は大人だった。

 

「それでお姉ちゃん、何処で待ち合わせなの?」

 

「えっと……実は司波君が迎えに来てくれるのよ」

 

「そうなんだ……恋人みたいだね」

 

 

 千秋の冗談に小春は必要以上に反応してしまった。

 

「そ、そんな訳無いでしょ! 大体司波君にはもっと綺麗な人がお似合いよ。それこそ七草さんとか……」

 

 

 生徒総会で浅野が指摘したように、真由美が達也に特別な感情を抱いてるのは誰が見ても明らかだろう。もちろん小春もその事は理解している。だが否定の為に真由美の名前を出したのに、小春の気持ちは落ち着いてくれない。自分は達也の隣には相応しく無いと否定しながら、他の誰かが達也の隣に居る場面を想像して揺らぐ。

 

「お姉ちゃん、鏡見ても同じ事言えるの? 口では否定してても表情がしてないよ。七草先輩に負けたくないって言ってる」

 

 

 千秋が取り出した鏡には、自分の気持ちがはっきりと現れている自分の顔が映っていた。

 

「司波君は競争率高いって私のクラスメイトが言ってたけど、少なくともあの妹には勝てないと隣には立てないだろうけどね」

 

 

 二科生の間でも、深雪の事は有名だ。むしろ深雪は一科生だから有名でもおかしく無いのだが、二科生で知らない人がいないほど有名な達也の方がおかしいのだ。

 

「司波さんか……あの子のお兄さんへの想いは凄まじいものね」

 

「ブラコンってやつでしょ? でもあれは正直ドン引きだよ……」

 

「七草さんたちが話してるのを聞いちゃったんだけど、司波君たちは二人で生活してるようなのよね」

 

「両親は?」

 

「さぁ、詳しい事は七草さんも知らないようだったし……」

 

 

 千秋と他愛も無い話をしていると、達也が迎えに現れた。達也の姿を確認した小春は、千秋と話してた時以上に楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさいね、いきなり妹まで同行する事になっちゃって」

 

「いえ、先輩がリラックスして過ごせるのなら、俺は別にかまいませんよ」

 

「……よろしく」

 

 

 同級生だが面識は殆ど無い。それどころか千秋は達也に必要以上に近付こうとはしない。警戒されてると達也が思ったかは知らないが、達也も積極的に話しかけようとはしなかった。

 

「では行きましょうか。少し買い物でもして気分転換をすれば考えも変わるかもしれませんよ」

 

「そんなに簡単には揺らがないわよ」

 

 

 達也もその事は理解している。だが形だけでも説得しておかないと、後で遥に何を言われるか分かったものでは無いのだ。

 そんな事情を千秋が分かるはずも無く、何故達也が姉を誘ったのかを考えながらジッと達也を睨みつけていたのだった。




千秋だけじゃなく深雪にも嫉妬されそう……

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