エリカが部屋から出て行ったのと入れ替わるように、今度は真由美が鈴音を伴って達也の部屋を訪ねる。そのタイミングから察するに、エリカと会わないようにしていたんだろうと達也は内心二人の関係性を不安に思ったが、その事を指摘する事はしなかった。
「達也くん、お帰り。これからはずっと東京で生活出来るのかしら?」
「今までも東京にはいたんですけどね。巳焼島との往復は暫く続くでしょうが、深雪の方にだけ泊まるという事はなくなるでしょう」
「光井さんと北山さんが大喜びでお祝いしようって提案したのよ? やっぱり達也くんは愛されてるわね」
真由美が達也をからかおうとしているのだろうが、彼女の横で鈴音が何か言いたげな視線を真由美に向けている。それだけで達也は、真由美も似たような事を計画していたのだろうと察し、鈴音も達也に通じたと理解したのか小さく頷く。
「光宣くんの方も片付いたし、水波ちゃんも深雪さんのところに戻れたんでしょ?」
「まだ日常的に魔法を使う事は出来ませんが、普通に生活する分には問題ないですから。健康体である水波を病院に入れておくことは出来ませんからね」
「水波ちゃんの怪我だって、達也くんには治す事が出来るんでしょ?」
「治す、と言って良いのかは分かりませんが、魔法を奪う事なくかつ、人間を辞める必要もない方法は知っています。ただそれをするにはもう少し時間がかかるかと」
達也は一昨年の大晦日まで、精神干渉系魔法に適性が無いという事にされていたので、実戦経験があまり豊富ではない。その点だけ見れば、深雪の方がよほど経験を積んでいるといえる。
「ESCAPES計画の方も順調だし、それに対する妨害も心配しなくて良くなったんだもんね。暫くはゆっくりしたらどう? 達也くんの立場を考えれば仕方ないのかもしれないけど、全然高校生らしくないわよ?」
「前にも言ったかもしれませんが、高校生をやってるのはその方が都合が良かったからで、授業免除されている今、無理に通うつもりもありません」
「それもそうか。一連の騒動の所為で、達也くんが四葉家次期当主であり世界的なエンジニアの片割れ、それに加えて新戦略級魔法の共同開発者と、魔法に関連が薄い人たちにも知れ渡っちゃったしね」
「吉祥寺の奴が余計な事をしてくれた所為で、こっちにもインタビューしたいと申し込みが来てたくらいですから」
達也としては、吉祥寺を矢面に立たせ、将輝を隠れ蓑にし自分への注目度を下げようと考えていたのだが、結果として余計に注目される事になってしまったのだ。これだったら、自分でこっそりと新ソ連艦隊群を処理していた方が楽が出来たかもしれないと、一時期本気でそんな事を考えていた。
「達也さんがこの家に戻ってきてくれるようになれば、真由美さんや千葉さんたちが暴れ出す事もなくなるでしょうし、私としてはそちらも嬉しい事です」
「ちょっとリンちゃん!? 私は別に暴れたりしてないわよ?」
「不機嫌オーラを撒き散らして、千葉さんを刺激していたのは真由美さんだけですよ? 他の人たちは寂しそうにはしていましたが、真由美さんのようにイライラはしていませんでしたし」
「私だってイライラしてないわよっ! ただちょっと、深雪さんだけ良いな、って思ってただけで」
「深雪さんだって水波さんの事を心配していたり、達也さんが危険な目に遭わないか心配していたはずです。真由美さんのように頭お花畑な状態ではなかったと思いますがね」
「言い過ぎじゃないかしら!? 私だって頭お花畑なわけじゃないわよ」
「言い争いをしたいのなら、この部屋じゃない場所でしてくれませんかね? いくら疲れてないとはいえ、目の前で言い争いをされて気分が良いわけ無いんですから」
「そ、そうよね……ゴメンね、ついヒートアップしちゃって」
達也にジト目で睨まれたため、真由美と鈴音は言い争うのを止めてすぐに頭を下げる。その態度の変わりように、達也はそこまで睨んだつもりは無かったのに申し訳ないと感じてしまった。
「と、とにかく達也くんがこの家に戻ってきてくれたのはほんとに嬉しいんだから。これは私たちだけじゃなくこの家で生活してる全ての人がそう思っているわよ。特に、わざわざ一高で授業に参加出来るようにしてまでこっちに引っ越してきた愛梨さんたちや亜夜子ちゃんたちは」
「そんな事言って、一番喜んでいたのは真由美さんじゃないですか。病院の警備でも達也さんと一緒になれないと、何度大学で愚痴を聞かされたか」
「それは内緒だって言ったじゃない!? どうしてリンちゃんは達也くんの前では口が軽くなっちゃうのよ」
「隠そうとしたところで、真由美さんが自爆か誤爆して達也さんには知られてしまうんですから、隠そうと思えないのかもしれません」
「自爆も誤爆もしないわよ! というか、私ってそんなイメージなの!?」
「えぇ、割と」
鈴音にそう言われて、真由美はガックリと肩を落とす。本人としてはしっかり者のポジション――とまでは言わないが、知的キャラなつもりだったのだろうが、友人にそう思われていたと知りショックを受けたのだろうと、達也はただそんな真由美を眺めていた。その視線には何の感情も含まれていなかったが、真由美は勝手に達也に憐れまれたと思い部屋から走り去り、部屋に残された鈴音と達也が、顔を見合わせて噴き出したのだった。
鈴音相手じゃ真由美は勝てないな……