劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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余裕が無いのは仕方がないよな……


時間的余裕

 愛梨たちと別れて庭の散策を続けた達也だったが、門の方に人の気配を感じそちらへ向かう。直接観に行く必要もなく誰が帰ってきたか分かっていたのだが、その気配が走りながら近づいて来ていたので、一刻も早く顔を見せた方が良いのだろうと判断したのだ。

 

「お帰りなさい、壬生先輩」

 

「た、達也くん……ただいま――じゃなくて! 達也くんの方こそお帰りなさい」

 

「えぇ、戻って来れました」

 

 

 達也にしては珍しく、自然な笑みを浮かべながら冗談を告げる。その表情があまりにも自然だったのでうっかり流しそうになったが、紗耶香は慌てて達也の表情を見返し、そして泣きそうな表情になる。

 

「どうしたんですか」

 

「ううん、達也くんが戻ってきてくれたって思ったら嬉しくて……泣くつもりなんて無いのに、上手く感情がコントロール出来ない……」

 

「そうですか」

 

 

 達也には縁がない感情だが、それがどういう気持ちかという事は理解出来ている。だから余計な事は言わずにただ紗耶香の事を見守る事にしたのだ。

 

「……ゴメンなさいね。もう大丈夫よ」

 

「いきなり泣かれたらさすがの俺でも驚くんですが」

 

「そうなの? それにしては何時も通りの表情だった気がするけど」

 

 

 先ほどの笑みを浮かべた時が異常で、この無表情な達也こそ通常なのだと紗耶香は改めて思い、そして貴重な表情を見たと心の中で笑みを浮かべる。

 

「今日達也くんが帰ってくるって聞いてたけど、まさかこんなに早く戻ってきてるとは思わなかったわ。これでも急いで帰ってきたのに、思いっきり出遅れちゃったかしら」

 

「何に出遅れたのかはあえて聞きませんが、別に早さを競う必要は無いと思いますよ。まだ帰ってきていない人たちもいますし」

 

 

 達也からすればそれほど騒ぐような事ではない事柄という認識なのだが、ここで生活している少女――女性――からすればお祭り騒ぎしたくなるような出来事なのだ。それだけ達也不在というこの数ヶ月で寂しい思いをしたという証拠でもある。

 さすがの達也も彼女たちに寂しい思いをさせてしまったという自覚はあるのだが、その思いをどうやって解消させてやれるのかという知識がなく、自分がまきこまれていた状況を考えればある程度は仕方ないのではないかという考えもあるので、このような無神経な発言も偶に出てしまうのだった。

 その事を紗耶香は不満には思っていない。それが達也であり、下手に慰めの言葉とかを聞かされたら、もしかして偽物なのではないかとすら思っていたところだ。

 

「うん、達也くんの言う通りかもしれないね。それじゃあ改めて――お帰り、達也くん」

 

「ただ今戻りました、紗耶香さん」

 

「っ! 珍しいね、達也くんがあたしの事を名前で呼ぶなんて」

 

「いろいろと片付いたので、少しは皆さんの事を考える時間が出来たからかもしれませんね」

 

 

 達也の冗談とも本気ともとれる答えに、紗耶香は戸惑いながらも嬉しそうに笑う。その顔が真っ赤なのは、達也が指摘するまでもなく紗耶香本人も気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散策という名の点検を済ませ屋敷内に戻ろうとしたところで達也の携帯端末が震える。急ぎの案件でも発生したのかと端末に視線をやり、違うと分かり緊張を解いて通信に応じる。

 

『達也さん、今平気かしら?』

 

「問題ありません。それで、封印したパラサイトが暴走でもしましたか?」

 

『笑えない冗談言わないでちょうだい……って、そんな冗談が言えるくらい落ち着いている証拠なのかしら?』

 

「さて、どうなんでしょう。それで、ほんとにどうしましたか?」

 

『直接言いたかったんだけど、まだ私はそっちに戻れそうにないからね。いろいろとお疲れ様、達也さん』

 

 

 電話の相手、夕歌からの言葉に達也は苦笑いを浮かべる。今回の件に夕歌も大きく関わっており、まだ完全に終わったと言えない事を知っているはずなのにそんな事を言うのか、と思ったのだ。

 

「俺が何かをしたわけではなく、USNAや新ソ連の自爆という感じですが、外敵の脅威からは解放されたという意味では、確かに終わったのかもしれませんね。ですが、まだ国内の問題が片付いていませんので、その言葉はその時に頂戴しますよ」

 

『相変わらずクールね。国防軍の方も、後は藤林さんが除隊すれば終わりでしょ? 達也さんの方は四葉家が完全に所有権を主張して、もう国防軍の方から達也さんに命令する事は出来なくなったんだから』

 

「命令という形は取れませんが、戦略級魔法師として出動を頼まれれば応じるつもりですけどね。それがESCAPES計画を容認してもらった条件でもありますから」

 

『そうだったわね。特別士官兵としての「大黒竜也」はもういないけど、戦略級魔法師である事には変わらないのだからね。非公式とはいえ、国防軍の中には達也さんがその戦略級魔法師であると知っている人がいるわけだし』

 

「そういう事です」

 

 

 もし事態が最悪の状況になっていたら、達也は国防軍とも事を構えるつもりではない。だがその状況にはならず、表面上は円満に国防軍との関係を解消出来たので、達也としてもその点は満足している。夕歌に軽く挨拶してから通信を切り、達也は今度こそ屋敷内に歩を進めたのだった。




普通の高校生じゃあり得ない忙しさだな、やっぱり……

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