達也の帰宅を祝うパーティーという名目なのだが、殆どの人は達也の事を休ませたい思いがあるのか思い思いに盛り上がっている。そんな光景を見ながら達也は自分がここまで想われていたという事を改めて実感し、自分にはもったいないとさえ思っていた。
「達也くん、楽しんでる?」
達也がそんな事を考えているなど微塵も思っていないエリカは、何時も通りの感じで達也に話しかける。そこが彼女の良いところでもあるのだが、あまり相手の事情を考えないで話しかける事が出来るのだ。もちろん、深刻な時は気楽に話しかける事などしない自制心があるからこそ、彼女の良さと言えるのだが。
「楽しむといっても、普通に食事をしてるだけだろ」
「そう見えるかもしれないけど、殆ど全員が集まって食事をするなんて、達也くんがいなかったらあり得ない事だよ?」
「そうなのか?」
「そりゃ普段から一緒に生活してる面子だから、たまには一緒に食事をする事もあるけど、それだって偶然食堂で一緒になったからであって、わざわざ時間を合わせて食事をするってわけじゃないし。でも今日はここにいる全員が同じ気持ちでこの場所にいるんだから」
エリカに言われて改めてこの場にいる全員の表情を確認する。程度の差はあるにしても、全員楽しそうな表情を浮かべて食事を摂っている。いや、食事など関係なく嬉しそうな雰囲気すら感じられている。
「達也くんがいなかった数ヶ月、この家から灯りが消えたような感じだったんだから」
「大袈裟じゃないか? 俺がいてもさほど変わらないと思うんだが」
「確かに達也くんは積極的に会話に参加するようなタイプじゃないけど、そういう事じゃないのよ。達也くんだって分かってるでしょ?」
エリカに問われ、達也は無言でお茶を飲む。自分がいないからといってそこまで変わるとは思っていなかったというのは、ある一面から見れば達也の偽らざぬ本音だが、エリカが言っている事も彼は理解出来るのだ。
「ほのかや雫なんて、授業に支障が出るんじゃないかってくらい落ち込んでたし、愛梨たちだって表情に出さないようにはしてたけど、明らかに他の人と交流する回数が減ってたし、亜夜子ちゃんや夕歌さんたちはこの家に帰ってこない日が増えるし、達也くんがいないだけでそれだけの影響が出てたんだよ? これからはちゃんとこっちにも顔を出してよね」
「毎日は無理だが、なるべくこっちにも顔を出すつもりだ」
「顔だけじゃなくて、手を出してくれてもいいんだけどね」
「エリカはそういう冗談を言うタイプじゃないと思ってたんだが」
「……あたしも寂しかったんだからね」
頬を染めながら視線を逸らし、小声で愚痴を漏らすエリカを見て、達也は思わず頭に手を伸ばそうとして、無意識に癖が出ていた事に気が付き伸ばしていた手を引っ込める。
「そういえばエリカ、修次さんが手柄を立てたらしいな」
無意識に出かかっていた癖を誤魔化す為か、達也は急に話題を変えた。その不自然さにエリカは首を傾げたが、何時も通りの照れ隠しで答えた。
「手柄って程じゃないわよ。抜刀隊に同道して、そのメンバーの稽古に付き合ったくらい。九島光宣捜索の際に、部屋にあの女を連れ込んだ方が問題だと思うけどね」
「エリカが思ってるような事で呼んだわけじゃないだろ。そもそも、あの二人だって婚約者なのだから、夜に部屋を訪れて軽くしゃべるくらい許してやったらどうなんだ?」
「別に反対してるわけじゃないわよ。ただ何となく、面白くないだけ……要は八つ当たりをしてるだけなんだから。というか、達也くんだってあたしの気持ち知ってるでしょ? ずっと家で一人だったあたしにとって、次兄上は唯一の家族だった。その次兄上があたしよりあの女との時間を大事にし始めたのは、本当に腹立たしかったんだから」
「壽和さんがいたんじゃないか?」
「和兄貴は駄目よ。昔から女の尻ばっかり追いかけてたんだから。しかも殆ど相手にされてなかったし」
千葉の兄弟の事を表面的にしか知らない人間は、壽和を怠け者だと罵るが、エリカは彼が裏で努力していた事を当然知っているし、その事をバカにするつもりは無い。だが彼が女性にだらしない面を持っている事も事実なので、こうした辛辣な感想が出るのだ。
「というか、藤林さんに本気でアタックしようとしてたわけだし、あたしからしてみればあんな糞兄貴が藤林さんみたいな女性と付き合おうと思ってたってだけで恥ずかしいんだけどね」
「まぁそう言ってやるな。彼だって頑張っているんだから。そんな事、俺が言わなくてもエリカなら分かってるだろうがな」
「……知らない」
達也が指摘したように、そんな事は言われなくてもエリカは分かっている。だがそれを認めるのはどことなく恥ずかしいのか、エリカはそっぽを向いて達也の側から離れていく。その態度は気まぐれな猫のようだと、達也は微笑まし気にエリカを見送る。
「(まぁあれがエリカの良いところなのかもしれないがな)」
意図せず相手の緊張を解き、自分のペースに巻き込んでくれる。それを無意識にやっているのが素直に凄いと、達也はエリカの事をそう評価している。その事を改めて思い知らされ、達也はエリカに心の中でお礼を告げたのだった。
こっちでは生きてますから