エリカが達也の側を去ったのを見てから来たのかは分からないが、今度はほのかと雫が達也の隣にやってきた。
「達也さん、ちょっといい?」
「ん、何かあったのか?」
「お父さんが、今度ゆっくり達也さんと話がしたいって。お母さんも一緒に」
「別に構わないが、まだ確実に会えるかどうか分からないから、具体的な話はもう少し後になると伝えておいてくれるか?」
「うん、何時でも構わないって言ってたから、達也さんが落ち着いて過ごせるようになってからで構わないよ」
雫の父潮は、エネルギー生産プラントの出資者の一人でもあるので、達也としても無碍にするつもりは無い。紅音が同席するというのが少し気に懸かりはしたが、気にするほどでもないと思い直し詳しい話は聞かなかった。
「た、達也さん。これ、食べてくれましたか?」
「ああ、美味しかった」
「よ、良かったです」
ほのかのその反応だけで、達也はこの料理は彼女が自分に食べて欲しくて頑張ったのだろうと理解した。もともと料理の腕は確かのものがあったほのかだったが、先ほど達也が平河姉妹に言ったように、今日の料理に必要なのは確かな腕ではなく気持ちだ。その気持ちがたくさん入っている料理を食べて、達也も少し幸せな気分を味わったのだ。
「ほのか、達也さんに食べてもらいたいって頑張ってたから」
「し、雫っ! それは言わなくて良いよ」
雫の指摘に大慌てで彼女の口を塞ぐほのか。その光景を微笑ましく見つめる達也を見て、雫とほのかは急に恥ずかしくなった。
「達也さん、私たちと同い年なのに、なんだかお兄ちゃんかお父さんみたいな顔してる」
「言われても良く分からないが、そんな顔をしてるのか、俺は?」
自分では無意識なうえ、表情など確認しようがないので、達也は雫に尋ねる。
「だって今の達也さん、うちのお父さんが私とほのかが言い争いをしてる時にしてたのと同じ感じだったし」
「確かに。小父様もあんな顔してたね」
「でも達也さんが見てくれてるって思うだけで、お父さんが見てた時とは違う気持ちになった」
「あっ、それもちょっと分かる。小父様に見られてた時は特に何にも感じなかったけど、達也さんに見られてるって思うと、ちょっと恥ずかしかった」
「婚約者なのに、妹とか娘みたいに見られてるって思うと、恥ずかしいしちょっと口惜しい」
「いや、別に娘を見てるつもりは無かったんだが……というか、俺に娘はいない」
比喩表現と分かっているとはいえ、ツッコまずにはいられなかった達也は、的外れなツッコミを入れる。珍しく達也が慌てているのを見て、雫とほのかは顔を見合わせて笑ったのだった。
多少複雑な思いを懐きながら終わったパーティーだったが、達也は食堂で見かけなかった人の気配を探り、漸く帰ってきたのかと彼女を出迎える事にした。
「お帰りなさい、響子さん」
「ただいま。達也くんもお帰り。今回はさすがに大変だったわね」
「中佐たちが半分敵のような感じでしたからね。まぁ、彼らの立場を考えれば仕方がないのかもしれませんが」
「私も、立場的には達也くんに協力しなきゃいけなかったんだけど、家の事情や軍人としての規則が邪魔をしてまともにお手伝い出来なかったもんね」
「響子さんの立場を考えれば、それも仕方がないのかもしれません。藤林家としては、九島家の決定に逆らうのは難しいでしょうし、独立魔装大隊所属の軍人としては、佐伯少将の命令を無視するわけにもいけませんから」
「もう辞めるって決まってるんだけどね」
今回の事が無くても、響子は今年度いっぱいで軍を抜けることが決定している。風間としては優秀な部下が「二人」もいなくなることを憂いているのだが、四葉家との関係が悪化した今、達也を繋ぎとめる事は不可能であり、その婚約者である響子を繋ぎ留めておくこともまた、不可能だと諦めたのだ。
「困った時は達也くんを頼る癖に、達也くんが困ってるときには手を貸さないんだから」
「俺に対して手を貸す義務は、風間中佐にも国防軍にもありませんからね。俺はあくまでも自分の都合で軍に属していましたので、こちらの都合に付き合わせるつもりは最初からありません」
「でも、達也くんの都合を無視して出頭を命じたり、自分たちに都合のいい解釈で達也くんの事を縛り付けようとしてたのよ? 達也くんがそういう感情に無縁だって分かってるけど、腹立たしいとは思わないの?」
響子はまるで自分がそういう扱いを受けてきたと言わんばかりに腹を立てている。それだけ達也に対する国防軍の対応に不満があるのだろう。
「全く無いとは言いませんが、響子さんが言ったように俺には無縁の感情ですから。本当に邪魔になれば消せばいいだけですし」
「達也くんが言うと冗談に聞こえないわよ……消そうと思えばホントに出来るから」
「まぁ、日本の警備が手薄になるのはまた面倒なので、余程の事が無い限り消すつもりはありません」
「……それだけで済ませられる貴方が凄いわ」
人を消すという事を、面倒事が増えるからやらないと言い切れる達也の心の餅ように恐怖しながらも、頼もしさも感じた響子だった。
人を消すなんて軽く言えるのが凄い……