達也が亜夜子から報告を受けているのと時を同じくして、四葉ビル最上階深雪の部屋。深雪の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしていた水波だったが、不意に眩暈を感じその場にへたり込む。まだ完治したわけではないので覚悟はしていたのだが、深雪の強すぎる魔法力の側で生活していると、こういう事がたまに起こるのだ。
「水波ちゃん、大丈夫!?」
「え、えぇ……問題ありません」
「やっぱり病院に戻った方が……」
「達也さまの準備が出来次第すぐに施術すると御当主様が仰られましたので、私はこちらで生活しているのです。私の役目は深雪様もお世話と身の回りの安全の確保です。深雪様のお側を離れる事は出来ません」
水波も意外と頑固な性格をしているので、深雪に病院に戻った方が良いと言われてもそれを受け容れる事はしない。むしろ深雪の側にいる事が自分の存在意義だと言わんばかりの口調に、彼女の体調を心配している深雪が気圧されるくらいだ。
「達也様の準備が何時調うかまだ分からないのだから、水波ちゃんには安静にしていてもらいたいのだけど」
「深雪様にご心配をおかけしてしまうのは心苦しいですが、これ以上深雪様のお側を離れる事は出来ません。もし私が不要だと仰るのであれば、どうぞこの場で私の精神を凍結させてくださいませ」
「そんな事、出来るわけ無いでしょ……私が水波ちゃんを必要無いなんて思うわけ無いじゃないの」
深雪は水波の事を、本当の妹のように思っている。水波もその気持ちは知っているし、深雪にそう思ってもらっている事を光栄に思っている。だがあくまでも自分は従者であり、深雪の身の安全の確保を最優先に生活しているという事を忘れた事は無かった。いくら深雪たちを守った結果負った傷とはいえ、これ以上それを理由に深雪に世話をしてもらう事は彼女にとって到底受け入れられる事ではない。
「でしたら深雪様、どうか私の心配はしないでください。無理だと判断したら大人しく休みますので、深雪様はごゆっくりしてくださいませ」
「分かったわ……でも、こっちで無理をしていると判断したら、無理矢理休んでもらいますからね」
「かしこまりました」
深雪の最大限の譲歩だと水波も理解したので、反論する事はしなかった。達也にも「無理はするな」と言われているので、水波自身無理を押し通すつもりは最初から無いのだ。だが久しぶりに深雪の世話が出来ると思うと、少しばかりはしゃいでしまうのも仕方がない事だろう。
「追試も終わったのだから、明日あたり二人でお出かけしましょうか?」
「どちらに?」
「水波ちゃんは入院していたから、まだ夏物とか十分に揃ってないでしょ? 一緒にお洋服を見たりしてリラックスしましょうよ」
「深雪様とお二人で、ですか? 畏れ多い事です」
「水波ちゃんが気にするのなら、エリカやほのかたちも誘って一緒に遊びましょうか? 都合がつくのなら泉美ちゃんや香澄ちゃんも一緒に」
「そうですね……そちらの方が深雪様に余計な心配をかける事も無いかと思いますので、泉美さんたちには私から連絡してみます」
「分かったわ。エリカたちには私から都合を聞いてみるわ」
本音を言えば達也を誘いたいのだが、達也がまだ完全に自由になったわけではないことは深雪も分かっている。なのであえて達也の名前は出さずにエリカたちを誘うを言ったのだ。その思いは水波にもちゃんと伝わっており、彼女も「達也を誘わないのか」とは尋ねない。
『はい? 水波さん、どうかしたのですか?』
「明日深雪様たちとご一緒に出掛けるのですが、泉美さんと香澄さんも誘おうと深雪様が――」
『行きます! 何が何でもご一緒致しますと深雪先輩にお伝えください!』
「か、かしこまりました」
泉美の返事はある意味予想通りだったが、あまりにも食い気味だったので思わず水波は素で返事をしてしまった。その返事が気に入らなかったのか、泉美は電話越しにため息を吐いて水波に告げる。
『水波さん、私たちは友人です。そのような言葉遣いは不要だと前に言いましたよね?』
「ご、ゴメンなさい。ですが、泉美さんの口調に気圧され、つい素で答えてしまったのです」
『そんなに強い口調で話したつもりは無いのですが』
無自覚だったのかと水波は内心ため息を吐いて電話を切り、今度は香澄に電話を掛ける。
『はい? 水波、何かあったのか?』
「香澄さんの明日のご都合を聞きたいと思いまして」
『おっ、どっか行くのか?』
「深雪様とご一緒にお買い物に出かける事になったのですが、どうせなら大勢の方が楽しいのではないかと思い、香澄さんもお誘いしようと思いまして」
『そういう事なら構わないよ。ボクも水波と出かけたいし』
「では、詳しい時間と場所は後程メールでお伝えします」
『りょーかい。あっ、水波』
「はい、なんでしょうか?」
会話は終わりだと思っていた水波だったが、香澄に呼び止められ電話越しだというのに首を傾げて香澄に問い掛けた。
『退院おめでとう。二学期からは一緒に勉強しような』
「……はい!」
『あっ、でもボクに教えてくれると助かるかも……泉美のヤツは厳しいからさ』
「私で良ければ喜んで。ですが、手加減しませんよ?」
友人とは有り難い物だと、水波は改めて泉美と香澄という存在に感謝し、思わず笑みを浮かべたのだった。
香澄も頭悪いわけじゃないのに