劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪も千秋も複雑でしょうしね……


複雑な妹の気持ち

 説得の為とはいえ、達也が休日を誰かの為に使うのは非常に珍しい。普段なら開発第三課か独立魔装大隊の訓練の予定が入ってるか、深雪と一緒に過ごす時間に当てるのだが今日はそうしなかった。

 

「司波君って何時も忙しそうにしてるけど、何かやってるの?」

 

「なんですか急に。俺は別にそれほど忙しくやってるつもりは無いのですが」

 

「七草さんや渡辺さんが、貴方を誘っても梨の礫だって」

 

「あぁ……あの二人に付き合えばろくな事がなさそうですからね。予定が無くてもなるべく断ってるんですよ」

 

「そうなの?」

 

 

 小春の質問に、達也は嘘っぽく聞こえない答えで追及をかわす。さすがに深雪の護衛や軍属などの機密を話す事は出来なかったのだ。

 

「でも、私のクラスでも貴方は有名。二科生なのに一科生の先輩に一目置かれてるって」

 

「その倍以上睨まれてるがな」

 

 

 千秋の言葉にも、達也は普通の反応で返す。嫌われてる相手でもしっかり対応出来るくらい達也は大人なのだ。

 

「それで司波君、今日は何処にいくの?」

 

「決めてません。平河先輩の気の赴くままに行動してください。気分転換ですし、俺が決めるより先輩の自由を尊重します」

 

「そう? じゃあせっかく千秋も一緒だから服でも見に行こうかしら」

 

 

 小春が千秋に視線を向けると、嬉しそうに千秋は笑う。その光景を見て達也は、仲の良い姉妹だと思っていた。

 

「そういえば噂なんだけど、夏休みに司波君が大人の女性とデートしてたって」

 

「何それ? 私は聞いた事無かったわ。千秋、誰がそんな事言ってるの?」

 

「友達。夏休みも半分くらい過ぎた頃だとか言ってたけど……凄く綺麗な女性と司波君が一緒に居たところを見たって聞いた。雰囲気とかは分からないけど、遠目で見た限りではデートだって」

 

 

 恐らくは響子の事なのだろうと、達也はこめかみを押さえてマッサージをする。疲れたわけではないが、最近達也はよくこの行動をするのだ。

 

「それで司波君、その人って彼女なの?」

 

「随分と直球だな平河。普通遠まわしに聞くものじゃないのか?」

 

「回りくどいと逃げられるだろうし、貴方相手に駆け引きじゃ勝てないってわかってるから」

 

 

 達也を睨みつけるように見つめる千秋に、達也は少し辟易していた。

 

「俺は誰とも付き合っていない。その人はバイト先の先輩で、知人に贈るプレゼント選びに付き合ってもらってただけだ」

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 

 達也の答えにつまらなそうに反応する千秋。だが一方の小春は安堵したような表情を浮かべていた。

 

「お姉ちゃん、如何かしたの?」

 

「え? ううん、何でもないよ。それよりもこの服、千秋に似合うんじゃない?」

 

「えー! もう子供じゃないんだからそんなの着ないよー」

 

 

 小春の苦し紛れの話題転換にまんまと嵌り、千秋はそのまま小春と品定めを始めた。

 

「司波君は如何思う? これ、千秋に似合うと思うでしょ?」

 

「そうですね……こっちの方が似合うかと」

 

 

 達也が勧めた服に千秋が目を向ける。無意識に嫌ってる相手に選んでもらった服になど興味を向けないと思われたが、意外と達也が選んだ服は千秋の趣味に合っていた。

 

「ふ、フン! センスは良いようね」

 

「千秋、着てみたら?」

 

「そうする」

 

 

 試着室に消えていった千秋を見て、小春は思わず噴出した。妹が何で達也を嫌ってるのかは小春には分からないし、人見知りの気が強い千秋はきっと達也になれてないからあんな態度を取ってるんだろうと思っているのだ。

 

「ねぇ司波君、私にはどんな服を選んでくれるの?」

 

「……趣旨変わってませんか?」

 

「良いの! 私の気の赴くままに付き合ってくれるんでしょ」

 

「分かりましたよ。その代わり何選んでも文句は言わないでくださいよ? それほどセンスが良いわけでは無いんですから」

 

 

 達也の謙遜とも取れる言葉に、小春は表情を綻ばせた。前に真由美も言っていたように、普段の達也は年下とは思えないほど落ち着いていると小春も思っている。だがこうしてじっくり見ると照れているのがハッキリと分かったので、歳相応なんだと小春も安心してたのだろう。

 

「お姉ちゃん、これ如何かな?」

 

「似合ってるよ。それにちょっぴり大人っぽい」

 

「これでも高校生だもん! 何時までも子供っぽく無いよ」

 

 

 千秋の背伸びした発言に、小春は再び顔を綻ばせて笑う。姉妹での時間は小春にも有意義なものだったのだろう。

 

「平河先輩、これは如何でしょう?」

 

「えっ、そんなの私には似合わないわよ……もっと大人の女性じゃなきゃ」

 

「でも、お姉ちゃんだって来年は大学生でしょ? 一着持ってても良いんじゃないかな?」

 

「ちょっと千秋まで! もう、似合わなくても知りませんからね」

 

 

 小春が試着室に入って行き、この空間には達也と千秋の二人だけになる。

 

「ねぇ」

 

「何だ?」

 

「如何してお姉ちゃんにそこまでしてくれてるの? 好きなの?」

 

「別に。大体俺と平河先輩にそこまで接点があった訳でも無い。ただあの現場に居合わせ、慰めただけだ」

 

 

 達也が淡々と、感情の窺えない表情で答えるのに千秋は少し恐怖を覚えた。まるで感情が窺えない達也は、自分と同じ人間なのだろうかと……

 

「平河?」

 

「な、何よ……」

 

「いや、少し様子がおかしかったからな。何でも無さそうならそれで良い」

 

 

 普段から深雪の相手をしている達也は、妹の扱いが普通の高校生より上手い。こう言った細かい気配りもしっかりと出来るのだが、本人は無自覚でやってる為に性質が悪い。

 

「ど、如何かしら?」

 

「お姉ちゃん、綺麗……」

 

「お似合いですよ、平河先輩」

 

 

 試着室から出てきた小春を、達也は照れも無く褒める。その代わりではないのだろうが、小春が必要以上に照れていたと、後にこの店の従業員が証言するのだった。

 

「そうそう司波君。私の事は小春で良いわよ。千秋も一緒だし、分かり難いでしょ?」

 

「いえ別に……」

 

 

 達也としては、小春には敬語だし千秋にはタメだから分かり難いという概念は無かった。だから小春が勇気を振り絞って提案した事にもすぐには気付けなかった。

 

「……今日だけなら別に良いですが」

 

「ホント!?」

 

「え、えぇ……もちろん知り合いとかが居たら普通に話しますがね」

 

 

 達也が自分を名前で呼んでくれるという事実が、小春には嬉しかった。真由美も摩利も、鈴音でさえ達也は苗字で呼んでいる。それが自分はと思うと小躍りしたくなるくらい気分が晴れやかになった。

 

「では小春さん、次は何処に行きますか?」

 

「そ、そうね……ご飯でもいきましょうか? 千秋が朝ごはん食べて無いしね」

 

「そうですか……平河もそれで良いか?」

 

「かまわないわ。それと私も千秋で良い」

 

「そうか」

 

 

 短く返事をした達也を、千秋は複雑に感情が混ざった視線で見つめていた。小春を取られるかもと意識していた相手が、姉の心を明るくしてくれてる事に、千秋は如何思えば良いのか悩んでいたのだった。




千秋の揺れる心……

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