全員揃ったという事で、深雪たちは夏服を見る為に移動を始める。水波の物を見繕うのが目的だったのだが、興奮した泉美が深雪を占領している為、水波の相手はエリカたちが勤めていた。
「ああなった泉美はなかなか大人しくならないからね」
「水波の退院祝いだって言ってるのに、相変わらず泉美は司波会長の事しか見てないので……」
エリカが苦笑いを浮かべながらコメントすると、香澄が恥ずかしそうに視線を逸らしながら頭を下げる。別に泉美も悪い事をしているわけではないのだが、何となくそうしなければいけない気がしたのだろう。
「まぁまぁ、達也さんを前にした深雪やほのかもあんな感じだから」
「私、あそこまで酷くないよねっ!?」
「まぁ、周りの目を気にするあたり、ほのかのほうが若干マシかもね」
「むしろ深雪や泉美は周りに見せつけようとすらしてる気がする」
本人たちに聞こえない事をいい事に、エリカと雫はかなりきわどい事を言ってのける。従者の水波と双子の姉である香澄は、自分が責められているわけではないのに非情に居心地の悪い思いを味わった。
「そういえば千葉様、先ほど達也さまからと深雪様に何かをお渡しになっておりましたが、あれは何だったのでしょう?」
「あれ、水波は見なかったの? 達也くん個人のマネーカードよ。まぁ、使い捨てタイプのやつだったけど、結構な額が入ってるヤツじゃない?」
「つまり、今日のお買い物は達也さんの奢り、ってこと」
「本当は一緒に来てくれた方が嬉しかったんですけど、さすがにそこまで我が儘は言えないからね」
むしろ達也が一緒に来たら、水波が恐縮してしまうのではないかと香澄は思ったが、そんな事を言っても意味はないので心の裡に留め、この事は泉美には黙っていようと決めた。
「しかし、司波会長の事を厭らしい目で見てる連中って、結構いるんですね。隣にいなくても何となく視線を感じるような」
「まぁ、あの見た目だからね。中身は完全無欠のブラコン娘だけど」
「エリカだって、お兄さんの事を言われると弱い」
「そ、そんな事ないわよ! あたしは別に次兄上の事なんか――」
「誰も修次さんの事とは言って無い。エリカにはもう一人お兄さんがいるのに、何で修次さんだと思ったの?」
「ぐっ……まさか雫に言い負かされる日が来るとは」
あまり口数の多い方ではない雫に言い負かされ、エリカはその場に膝を突きそうな勢いで負けを認める。一方で勝ちを得た雫は、得意満面の表情でVサインをほのかに向ける。
「ところで、司波会長と泉美がどんどん離れて行ってますけど、追い掛けなくていいんですか?」
さっきまでは視界内に留まっていた二人だが、今は少し探さなければ見つからない場所まで離れて行ってしまっていた。香澄に言われその事に気付いたエリカたちは、慌てて深雪たちと合流する。
「ちょっと深雪、あたしたちを置いて行くなんてひどいじゃない」
「別に私は置いていくつもりは無かったんだけどね。泉美ちゃんが盛り上がっちゃって次々に店を行き来するから」
「だって、どれもこれも深雪先輩にお似合いなのですもの! 全て試着していただきたいと思ってしまっても仕方ないではありませんか!」
「泉美、少し落ち着きなよ……試着だけされて何も買わない客を店側がどう思うか、泉美だって分かるでしょ?」
「ですが、深雪先輩がお着になられた商品は、他の女性客の方々の興味を惹いているようですわよ? まぁ深雪先輩程着こなせないにしても、お似合いになる方はいらっしゃるでしょうし」
「というか、司波会長と自分を比べようとする人なんていないと思うけど……少なくとも、ボクは比べようとも思わないよ……たぶん、お姉ちゃんも負けを認めると思うし」
実は真由美も深雪と自分を比べて負けを認めたことがあるのだが、それは一人で入浴中に行ったことなので香澄は知らない。だが妹という立場から見ても、自分の姉よりは深雪の方が見目麗しいと思ってしまうのだ。
「さっきも言ったけど、見た目だけなら深雪に勝てるヤツなんてそうそういないわよ。中身は兎も角としてね」
「あらエリカ。何か言ったかしら?」
「べっつにー。というか、水波の服を見に来たんじゃなかったわけ? さっきから泉美が深雪の事を着せ替え人形にしてるようにしか見えないんだけど?」
エリカの一言で、泉美も漸く本来の目的を思い出したのか、申し訳なさそうに水波に視線を向け頭を下げる。
「ゴメンなさい、水波さん。つい深雪先輩とご一緒出来るという事で盛り上がってしまいまして……」
「いえ、泉美さんの気持ちは知っていますので……深雪様がかまわないと思われたのですから、私がとやかく言えることではありませんので」
「それじゃあ気を取り直して、水波ちゃんのお洋服を見て回りましょう」
ほのかの宣言に、一同が頷いて水波に視線を向ける。急に全員からの視線を受け、少し気恥ずかしさを覚えた水波だったが、こうして大勢の人と一緒にいられる事を幸せに感じていた。もし光宣と共に生きる事を選んでいたら、こういった幸せは味わえなかっただろうと、ふとそんな事を思ってしまったのだ。
「それじゃあ水波ちゃん、行きましょ?」
「はい、深雪様」
深雪の呼びかけに恭しく一礼しかけて、今日はそういう事はしなくてもいいと家で言われた事を思いだしギリギリのところで踏みとどまり深雪に苦笑いをされてしまったのだった。
エリカも大概だからなぁ……