真由美を生暖かい目で見つめていた三人だったが、何時までもそうしている暇など達也には無く、本来の目的だったお茶を飲むという行為が終わり部屋に引っ込んでいった。
「達也くんも、もう少しゆっくり出来るようになればいいんだけどな……」
「仕方ありませんよ。ディオーネー計画の裏事情が暴露され、達也さんをUSNAに差し出せという輩がいなくなったとはいえ、達也さんのESCAPES計画は既に始動しているのですから。ディオーネー計画に参加しない為に立ち上げた企画ではなく、魔法師の未来を増やす為に考えていた企画なのです。今ここで止めるわけにはいかないということは、真由美さんにだって分かりますよね?」
「それは私だって分かってるわよ。だからこうして、部屋についていく事をしてないでしょ?」
「それは達也さんが忙しくなくてもしないでください。ただでさえ真由美さんは、いろいろと抜け駆けをしていると言われているのですから」
「何でよっ!? 私、そんなに抜け駆けしてるつもりは無いわよ! というか、未だに『先輩』って呼ばれてる私の何処が抜け駆けをしてるって言うのよ!」
真由美とすれば当然の言い分だ。他の婚約者たちは名前で呼ばれているというのに、自分だけは未だに苗字な上に先輩呼びなのだ。真由美からしてみれば他の婚約者たちの方がよほどいい思いをしている。
だが他の婚約者からしてみれば、真由美程抜け駆けをしている人はいないと感じている。深雪は元々妹として育っていた為、多少甘え癖が抜けきっていないのは仕方ないが、真由美は最初から先輩として達也と知り合ったはずなのに、結構な回数達也に甘えている場面が見受けられるのだ。これは抜け駆けと思われても仕方ないだろう。
「真由美さんが達也さんにお願いしてるのも、見方を変えれば達也さんに甘えているようにも見えますからね」
「私は当然の事をお願いしてるだけで、そんな甘い空気じゃないって知ってるでしょっ! というか、あの程度で甘えてるって、他の人はどれだけ私の事を抜け駆けしてるって思いたいのよ」
「まぁ、真由美さんの見た目からしたら、あの程度でも甘えてるように見えちゃうのは仕方ないでしょうね。昔から真由美さん、猫を被るのが上手だったし」
「響子さん程ではないと思うんですけど」
「私は猫を被ってるんじゃなく、場面によって使い分けているだけよ? 大人になると、そういう事も必要になるんだから」
「私だってもう大人です!」
響子に子供扱いされた気がして、真由美は必至になって抗議する。そんな事をしているところが子供っぽいと言われる原因なのだが、本人はその事に気付いていない。
「でも、真由美さんと市原さんを見て、すぐに同い年だって分かる人はそう多くないと思うわよ? 喋ってるところを見れば違うかもしれないけど、纏ってる雰囲気だけを見れば、ね」
「それって、リンちゃんがオバサンっぽいって事ですか?」
「誰もそんな事言って無いわよ? 私は、真由美さんが子供っぽいって意味で言っただけだから。それじゃあ、市原さんの対処は任せるわね」
「リンちゃんの、対処……?」
何故響子がそんな事を言ったのかが分からなかった真由美だったが、背後から冷たい空気が流れてきた気がしてようやく気が付いた。自分がとんでもない失言をしていたことに。
「り、リンちゃん……?」
「さて真由美さん。いったい誰が『オバサン』だと?」
「べ、別にそんな事言って無いわよ? 確かに落ち着いている感じはするけど、リンちゃんはまだ花の女子大生だもんね?」
「そんな古い言葉を出して誤魔化さなくても結構です」
「ハイ、ゴメンなさい……」
自分が鈴音に対してそう言った事は事実であり、誤魔化しても誤魔化しきれないと理解し真由美は素直に頭を下げる。自分でも思っていたわけではないが、自分が子供っぽいという事を認めない為には、ああいうしかなかったのだ。
「まったく、誰がオバサンですか。真由美さんがご自身で分かっているとは思いますが、そんな事を言われたら頭に来るんですからね」
「そうよね……私も子供っぽいって言われて頭に来るもの……」
そう言われたくないがために鈴音をオバサン呼ばわりした事を反省し、真由美はもう一度鈴音に頭を下げる。
「そこまで謝っていただかなくて結構です。そんなに謝られると逆に、本当に真由美さんは私の事をそう思っているのではないかと疑ってしまいます」
「思ってるわけ無いじゃないのよ! リンちゃんは大人っぽい雰囲気はあるけど、オバサンなんて感じじゃ無いもの! というか、リンちゃんのような女性になりたいって、何度か思った事があるし……」
「私は真由美さんのような身体になりたいと思った事はあります……」
「身体……? あっ……」
自分の身長を羨んだのかと一瞬勘違いしたが、鈴音の身体の一部に視線が移り思わず納得してしまった。だがその行為が再び、鈴音を怒らせることだと察しすぐに視線を顔に移した。
「私たち、まだ成長するわよ」
「まだ成長するんですか、それは」
「えっと……リンちゃん? 達也くんはそんな事気にしてないんだし、別に良いじゃないの」
「……それもそうですね」
言い争ってもむなしい思いをするだけだと理解したのか、鈴音はもう一度真由美の身体の一部を見て、盛大にため息を漏らしたのだった。
主に鈴音相手にやらかしてます