水波の服を見て回った後、今度は深雪たちの服を見て回ろうと泉美が言い出し、エリカがそれに乗っかる。元々の目的は水波の服を揃える事だったので、深雪としては軽く食事をしたら家に戻るつもりだったので、この提案は深雪にとって想定外なものとなった。
「深雪先輩なら、どの服を着てもお似合いになるでしょうね」
「泉美は司波会長の事になるとブレーキが壊れてるな……」
「そんな事ありませんわ! それより香澄ちゃん、私たちももう少し夏服を買っておきませんか?」
「ボクは今あるのだけで十分。泉美は何か買うの?」
「深雪先輩に見繕っていただけたら最高なのですが、そんな事で深雪先輩のお手を煩わせてしまうのも考え物なのですよね……」
本気で悔しがる泉美に、香澄は苦笑いを禁じ得ない。そのくらいなら深雪が手間だと思うわけがないと思ったのだが、それを泉美に言って深雪に迷惑をかけるのもどうかと思い踏みとどまったのだ。
『うわっ、さすが深雪……そんな服、あたしが着たらギャグにしかならないのに』
『エリカだってドレスくらい着る機会があってもおかしくない生活だったんじゃないの?』
『あたしは道着ばっかりだったから。そういう集まりには呼ばれないことが多かったし、あったとしても制服で誤魔化してたから』
『雫も似合ってるね』
『ほのかだって、また目立つようになってる』
『何処見てるのっ!?』
「先輩たちは楽しそうだね」
少し離れた場所から聞こえてくる会話に、香澄はその程度の感想しか懐かない。だが泉美は羨ましそうな、悔しそうな表情を浮かべている。
「どうしたのさ?」
「あの場にいられる水波さんが羨ましいと思っただけです」
「水波は司波会長の家族なんだし、護衛でもあるんだからいてもおかしくないだろ? というか、羨ましいなら泉美も行ってくればいいじゃん。ボクはこっちでぶらぶらしてるから」
「いえ……あの場に加わって、鼻血を出さない自信がありませんので……」
「泉美って、普段大人しいのに暴走するとボクより危ないよね……」
自分が暴走すると面倒を起こすと自覚している香澄だが、泉美のそれは自分以上だと感じている。実際深雪に対する思いで幾度となく暴走しかかっているので、泉美は何も言い返さずに視線を逸らす。
「お二人とも、深雪様がお呼びです」
「深雪先輩がっ! すぐに参りますわ!」
水波に声を掛けられ、泉美は足早に深雪の許へ移動する。その後姿を見た香澄は、水波に視線を向け苦笑いを浮かべる。
「あの……何かしてしまいましたか?」
「ううん、水波は何も悪くないよ。ただちょっとタイミングが悪かったかなって思っただけだから……」
「はぁ……」
「それで、司波会長の用事って?」
「時間的にもちょうどよいので、食事をしましょうと深雪様は仰っておりました」
「もうそんな時間か……そういえば、水波はちゃんと服を買えたの?」
「はい、恙なく」
「ボクに丁寧な口調で話す必要は無いって」
水波の口調はある意味いつも通りなのだが、香澄としてはもう少し砕けた話し方をしてもらった方が気が楽だと常々感じていたので、特に深い意味があって出た発言ではない。だが水波は困惑したような表情を浮かべ、どうすれば良いのか休しているように香澄には思えた。
「あぁゴメン。水波はそれが素だから仕方ないんだった。今の事は忘れて」
「申し訳ございません……意識して話せば出来ない事は無いのですが、深雪様がお側にいる時はどうしてもこの口調になってしまうのです」
「司波会長は水波の事を家族だって思ってくれてるけど、水波にとっては司波会長は主人だもんね」
深雪の事を家族のように思っているなどと水波が言えば、本人は喜ぶかもしれないが本家の人間が何か言ってくる可能性は否定出来ない。むしろ、馴れ馴れしいと思われ深雪の護衛から外される可能性が高い。そうなってしまうと、深雪が酷く悲しんでしまう可能性があると達也に言われたので、水波は本心は兎も角表面上は深雪の事を主だと思っている、という事にしているのだ。
「水波ちゃん、香澄ちゃん。もうお話しは終わったかしら?」
「あっ、司波会長。別に大したことを離してたわけじゃないですよ。ただ、泉美が相変わらず司波会長の事になると冷静な判断力を失うなって」
「そんな事ありませんわよ! というか、香澄ちゃんだって前はお姉さまの事になると冷静な考え方が出来なくなっていたではありませんか。初対面の司波先輩に跳び膝蹴りをしようとして」
「あれは勘違いだっただけ! ちゃんと達也先輩に謝ったし、そもそも普通に撃退されて、むしろボクの方が怪我しそうになったんだから」
「はいはい、姉妹喧嘩は後でしてくれる? ただでさえ深雪がいる事で目立ってるのに、二人の言い争いで余計に目立ってるわよ、あたしたち」
エリカに言われて漸く、自分たちが周りから注目を集めている事に気が付いた双子は、どちらからともなく視線を逸らし、そして頭を下げる。
「ゴメン、言い過ぎた」
「いえ、私の方こそ……」
「さて、二人が仲直りしたところでご飯にしましょ。達也くんの奢りだから」
深雪に手渡した達也のマネーカードを指差しながら、エリカが二人の背中を押す。それが自分たちに対する気遣いだと分かるので、二人は居たたまれない気持ちになりながらもエリカにお礼を告げ自分の脚で歩くのだった。
見せに迷惑はかけないように