深雪たちが水波の復帰祝いをしている頃、まさかその場で自分の話題が上がっているなど思ってもいないリーナは、四葉の隠れ里にある黒羽家の一室で寛いでいた。
「巳焼島の拠点も悪くなかったけど、四方を海で囲まれてない場所って最高ね」
「こちらは四方を山に囲まれてますけどね」
「まぁ、もう少しここで身を顰めておけば、いずれ四方をビルで囲まれた都会に出る事が出来るんだから、今はこういった風情を楽しんでおきましょうよ」
「風情と言われましても……私たちは外出するのにも許可が必要なうえ、外出には監視がつくのですから、どうやっても楽しめないと思いますが」
達也の婚約者として帰化したとはいえ、リーナとミアは元USNAの軍人だ。四葉家内で彼女たちを危険視する声が上がっても不思議ではない。いくら巳焼島防衛に手を貸してくれたといって、それで無条件に信用するなどありえない。
「まぁ幸い文弥は私たちの事を信用してくれてるんだし、彼が監視としてついて来ても気にはならないわよ」
「リーナはそうかもしれませんが、私はまだ慣れませんよ……」
「別に文弥なら気にしなくても良いじゃないの。もし男の子がついて来てるのが気になるというなら、文弥に女装してもらえば良いのかしら?」
「それは文弥さんが可哀想なので止めてあげてください」
リーナは巳焼島で見た文弥の異性装が気に入ったのか、事あるごとに文弥に女性服を勧める。その都度文弥が本気で逃げているのを見ているミアとしては、自分が気になるからという理由で文弥が嫌がっている異性装を強要するのは申し訳ないと感じている。だが異性の目が気になってしまうのも事実なので、なるべく外出しないという方向で落ち着いたのである。
「しかし、改めて考えると今の状況って、ちょっとした引き篭もりよね……食料とかの心配はしなくてもいいし、娯楽もある程度揃っているから退屈はしないけども、ずっと引き篭もってたら社会復帰出来なくなっちゃうんじゃないかしら?」
「リーナがそれを気にするとは思いませんでした。東京に戻ったとしても、私たちは基本的にあの屋敷から出る事は無いでしょうから」
「そんな事ないと思うけど。達也の計らいでFLT本社から巳焼島の研究施設の手伝いが出来るようになるらしいから、私はそこでアルバイトするつもりだもの」
「スターズの元総隊長がアルバイト、ですか……」
リーナの元々も立場を考えれば、アルバイトなどしたことなど無い。そしてアルバイトなどしなくても十分生活していけるだけの稼ぎもあったはず。そんな思いを懐き、ミアはリーナの発言に肩を落としたのだ。
「何だったらミアも出来るように達也に掛け合ってみようかしら?」
「いえ、私は屋敷の掃除や庭の手入れなどをする予定ですので」
「なんだか専業主婦みたいね」
「そ、そんな事はありません! 屋敷の警備システムの管理など、出来る範囲で手伝うつもりですから」
リーナに怠け者扱いされたような気がして、ミアは何時も以上に大きな声で反論する。彼女は別に専業主婦を軽んじているわけではないが、リーナに言われてそれを受け容れるのは何となく嫌だったのだ。
「お二人とも、さっきから大声を出してどうしたんですか? 何か問題でもありました?」
「あら文弥。乙女の部屋に断りなく入ってくるなんて失礼じゃないかしら?」
「お二人はあくまでも監視対象ですから。監視している女性から報告は受けています。今なら部屋に入ってもそれほど問題にはならないと」
「それでも、断るのは必要だと思うけど? 仮にも異性の部屋に入るのに、無遠慮過ぎないかしら? これはお仕置きされても仕方ないと思うのだけど」
「リーナさんのここでの生活態度は、余すところなく達也兄さんに報告させていただいています。もちろん、僕に対する数々の行動も」
「あら、私は亜夜子から許可を得てるのだけど? 彼女が『退屈だったら文弥に女装をさせて遊んでもいい』って言ったからこうしてるだけで、私個人の趣味ってわけじゃないのだけど」
「姉さん……」
まさか自分を玩具にして構わないと姉が言っていたとは思っていなかった文弥は、東京にいる亜夜子に苛立ちを向けたが、すぐに無駄だと諦めてため息を吐く。
「とにかく、必要性を感じない女装なんて、僕は絶対にしませんからね!」
「必要性ならあるわよ? 私が退屈を持て余して暴走したら、ここを覆っている結界を破壊してしまうかもしれない。そうなったら修復が完了するまでここを隠し通す為に不眠不休で働く人が出てきてしまう。それを避ける為には、文弥が女装して私を楽しませてくれるのが一番効率的だと思うのだけど」
「どんな屁理屈をこねられようと、絶対に嫌です! だいたいそんな事をしたら、リーナさんはUSNAに強制送還され達也兄さんの婚約者から外されるだけですから」
「それは困ったわね……そんな事にならない為にも、文弥が女装してくれないと」
「だから、どうしてそうなるんですか!」
身の危険を感じた文弥は、大慌てで部屋から逃げ出す。その後姿を見送って、リーナは満足げに頷きミアに視線を向ける。
「やっぱり文弥は面白いわね」
「可哀想ですから、ほどほどにしてあげてください」
可哀想と言いながらも、ミアは文弥を助けるつもりが無い。リーナを止めるのは自分では不可能だと諦めているのか、彼女も一緒になって文弥を弄って楽しんでいるのかは、誰にも分からない。
可哀想だ……