劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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千秋のポジションが……


説得終了

 小春と千秋に連れられて、達也は手近の店に入る事にした。前にエリカが行ってみたいといっていた店で、中には女性が大勢おり男性客はそれほど見受けられなかった。

 

「ここですか?」

 

「駄目? 一度来てみたかったんだけど」

 

「いえ、お二人がそれで良いなら」

 

 

 達也は別に女性だらけな場所でも萎縮する事は無い。だが少なからず居心地の悪さは感じるのだ。

 ウエイターが小春と千秋の為に椅子を引こうとしたのを制し、達也は二人の為に椅子を引く。これは別にカッコつけとかでは無く達也に刷り込まれた所作の一つだ。

 

「慣れてるんだ」

 

「妹相手にな。いろいろとあるんだ、俺にも」

 

 

 千秋の質問に達也は淡々と答える。四葉の事を言う訳にもいかずに納得させるにはこの方法が一番早いと達也は思っているのだ。

 

「まぁあの妹さんだもんね。司波君が女性の扱いに慣れててもおかしくないわよね」

 

「随分と棘のある言い方ね。千秋、貴女今日変よ?」

 

「別に。ただお姉ちゃんが遊ばれないか心配なだけ」

 

「司波君に失礼でしょ」

 

 

 姉妹のやり取りを見ながら、達也はさして興味を向けるでもなく周りを見渡した。高校生には敷居が高そうな雰囲気の店で、エリカが躊躇していた理由も納得が出来る感じだった。

 

「先輩、大丈夫なんですか?」

 

「何が?」

 

「いえ、気にならないならかまいませんが」

 

 

 小春は達也のように高収入な訳でも無いだろうし、それなりに高そうな店だと達也は思っていたのだ。最悪自分のカードを切れば大丈夫だろうが、果して千秋が自分に奢られるのを納得するかが心配だったのだ。

 

「美味しそうだね、お姉ちゃん」

 

「そうね。前から友達と行ってみたいって話してたの」

 

「そうなんだ。やっぱり三年生は大人なんだね」

 

「何よそれ」

 

 

 自分一人ではこれほど小春に楽しく過ごしてはもらえなかっただろうと思いながら、達也は自分の注文したものを口にする。

 

「(少し雑だな……これだけ内装に凝っているのに味にはこだわりが無いのか?)」

 

 

 達也の舌は、普通の高校生とは比べ物にならないほど肥えている。だが基本的には口に出さず心の中だけに止めるのだ。基準となる料理が深雪のものや四葉本家で働く人間のものなので、比べられる方が可哀想だと思っているからだ。

 

「(それに、二人は気にならない程度なら、口に出すほどでも無いのだろう)」

 

 

 他の客も文句を言わずに食べているし、自分だけが気にし過ぎなのだろうと達也は自分自身を納得させ続きを口にする。自分の目の前では平河姉妹が楽しそうに食事をしているので、達也は一人食事をしたのだった。

 

「ご馳走様でした。美味しかったわね」

 

「そうだね、お姉ちゃん。でもお金大丈夫なの?」

 

「え?」

 

「だってここ高いって友達が言ってたよ?」

 

 

 千秋に言われてから思い出したのか、小春は明細を見た。

 

「……如何しよう、ちょっと足りないかも」

 

「如何するの?」

 

 

 慌てふためく平河姉妹を横目に、達也は明細を持ってレジへと向かう。この店はテーブルから会計を済ますことが出来ない為にレジに向かうのは仕方ない行動だったのだ。

 

「ありがとうございました」

 

「ご馳走様です。行きますよ」

 

 

 会計を済ませさっさと店の外へ出て行く達也の後を、小春と千秋は駆け足で追った。自分の後輩、同級生が顔色一つ変えずに払える額では無いと思っていた二人は、達也の態度に戸惑いを覚えたのだ。

 

「えっと司波君、大丈夫なの?」

 

「何がですか?」

 

「だって安くなかったでしょ?」

 

「気にする事は無いですよ。これくらいなら何とかなりますし、気になさるなら小野先生に経費として払ってもらいますから」

 

「何それ」

 

 

 達也の冗談に千秋が噴出す。分かり難いが達也も冗談を言うのだと理解したのだろう。

 

「でも経費で落せなかったら……」

 

「その時は俺の奢りでかまいません。千秋が納得するかは別ですがね」

 

「フン」

 

 

 さっき名前で呼ぶように約束したので、達也は千秋を名前で呼んだ。事情を知らない人が見れば兄妹にも見えなくないのだろうが、小春は少し複雑な心境になっていた。

 

「小春さん?」

 

「……えっ?」

 

「さっきから黙って固まってましたけども、何かあったのですか?」

 

「ううん、何でもないわ」

 

 

 急に黙ったかと思ったらすぐに上機嫌になった小春を見て、達也と千秋は揃って首を傾げた。まさか自分に嫉妬してたなど、千秋には思いも寄らなかったのだ。

 

「それで小春さん、学校は如何するんですか?」

 

「何とか頑張ってみようとは思えるようになった。司波君のおかげね」

 

「俺は何もしてませんし、今日だって千秋が居なかったらどうなってたか……」

 

 

 無意識で千秋の頭を撫でる達也。少し嫌そうだった千秋も、達也のテクニックで大人しくなっていた。

 

「あっ、スマン……癖が出た」

 

「……別に嫌じゃなかった」

 

 

 そっぽを向きながら吐き捨てる千秋に、小春は思わず笑い出した。

 

「千秋、なんだか気まぐれな猫みたいね」

 

「そんな事ない!」

 

「はいはい……それで司波君、学校は続けるけど論文コンペティションは……」

 

「そっちの説得は俺の仕事ではありません。それは小野先生と千秋に任せます。より近しい人の説得の方が響くでしょうし、小野先生は専門家ですから」

 

「何で私なの? そのまま司波君が説得すれば良いじゃん」

 

「これ以上先輩に時間を割くと、俺がカウンセラーの世話になるかも知れん。妹をほったらかしにしてたからな」

 

 

 達也のセリフに二人は生徒会長選挙の時を思い出した。吹き荒れるサイオンの嵐の中心に佇む一人の少女。このまま自分たちに時間を使えばまたあの状況が再現されると思い二人は震えだした。

 

「如何かしました?」

 

「う、ううん……司波さんによろしく言っておいてね」

 

「はぁ……では目的は達成出来ましたし、この後は如何します? 解散でもかまわないのですが」

 

「お姉ちゃん、今日は帰ろうよ?」

 

「? まぁ千秋がそれで良いなら私もかまわないわ」

 

「そうですか。お送りしましょうか?」

 

 

 達也の提案は純粋な好意だ。千秋が心配したような邪な感情は一切無い。だがこれ以上一緒に居れば自分がどうなるのか分からなくなった千秋はその提案を却下しさっさとキャビネットに乗り込んだのだった。

 

「如何したのよ千秋、まだちゃんと司波君にお礼言えてなかったのに」

 

「それは学校ですれば良いじゃん。それよりも早く帰ろうよ」

 

「もう、変な子ね」

 

 

 多少気にはなったが、きっと疲れたのだろうと小春は勝手に納得した。まさか妹が憎むべき相手が気になってしまうのを恐れたのだとは、小春には気づきようが無かったのだった……




とりあえず洗脳はされて、その後は未定……

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