文弥からリーナの近況を纏めた報告書を受け取り目を通していた達也は、リーナの行動に苦笑する。あの場では気軽に魔法の訓練などが出来ないのは仕方ないが、そのストレス解消に文弥を使うとは達也も思っていなかった。
「相変わらずリーナさんはやりたい放題なのね」
「今まで抑圧された生活を送っていたわけですから、多少箍が外れてしまっても仕方ないのかもしれません。ただ、その標的が文弥になるとは思っていませんでしたが」
「巳焼島でヤミちゃんを見て気に入ったのではないかしら。私も映像でしか見た事ないけど、そこらへんの女の子よりよっぽど可愛らしい感じだものね」
「文弥は俺と違って中性的な顔立ちをしていますし、小柄ですから異性装が似合ってしまうのも仕方がないのかもしれません。ただ、本人は嫌がっているので勘弁してやってもらいたいところですがね」
響子から別の報告も受けていたので、達也は響子が文弥からの報告書を覗き見しても注意したりはしない。見られても問題ないという事もあるが、リーナに関しては響子も無関係ではないからである。
「本来ならリーナさんの身柄は藤林家が預かるべきなのでしょうけども、今回の件で藤林家もいろいろと大変だから」
「九島烈が光宣に殺され、その光宣はパラサイトとして暗躍していたわけですから。縁者である藤林家もそれなりに騒動に巻き込まれてしまっても仕方ないでしょう。俺個人としては、リーナの身柄を藤林家に任せるより本家で監視してもらった方が安心出来ますし」
「何かあればすぐに達也くんの耳に入るものね。ただ、こんな報告は必要ないと思うけど」
リーナが文弥に女装を強要し、文弥が本気でそれを嫌がっているなどという報告は、別にしなくてもいいのではないかと響子は感じている。達也も軽く流し見してるだけで真剣に読んでいないところを見ると、響子と同じ考えなのかもしれない。
「どうやら亜夜子がリーナに許可したようでして、文弥としては俺に何とかしてもらいたいみたいです」
「達也くんが言えば、さすがのリーナさんも止めるでしょうしね。それで、達也くんはどうするのかしら?」
「時期黒羽家当主として、この程度の事は自力で何とか出来ないと今後これ以上の問題に直面した時に何も出来ないでしょうから。実害が出ない限り、こちらからリーナを止めるつもりはありません」
「文弥君からしてみたら、既に実害が出てるようだけど?」
「文弥個人ではなく、四葉家として実害が出ない限り、という意味ですよ」
人の悪い笑みを浮かべる達也を見て、響子もつられて苦笑する。達也のこういう黒い考えを聞くのは初めてでもなく、達也ならそう考えても不思議ではないと失念していた自分に苦笑したのだ。
「まぁリーナさんが暴走して魔法を乱射するような事態よりか、文弥君に女装を迫ってストレスを解消させている方が、四葉全体としての害は少ないわけね」
「リーナも最後の最後で踏みとどまっているようですし、文弥としても害はまだ無い状態だと思うのですが、文弥からしてみれば、女装を迫られるだけでも嫌なんでしょうね」
「そりゃ彼は、達也くんのような男っぽい雰囲気に憧れてるみたいだし、異性装が似合ってしまう自分の見た目があまり好きじゃないって話だしね」
「任務で仕方なく女装する事は受け入れているようですが、必要もない時に迫られるのは我慢出来ないのかもしれませんね」
文弥からの報告書を机の上に置き、達也は自室に備え付けられているコーヒーメーカーを操作する。視線で響子に尋ね、響子が頷いたので二人分のコーヒーを持って席に戻り、カップを置く。
「ピクシーはこっちに来てなかったのね」
「所有権は俺が持っていますが、ピクシーはあくまでもロボ研の所有物です。普段はロボ研のガレージで待機しています」
「私が教えた技術をピクシーに教えて、真由美さんがしていたような隠蔽工作をしてるんでしょ?」
「いろいろと隠さなくて良くなったので、今後はそのような手間を掛ける必要は無くなるでしょうが、さすがにまだ四葉家の一員として知られていない時は必要な作業でしたから」
「達也くんの立場を考えたら、確かに隠蔽工作は必要だったかもしれないわね。真由美さんは達也くんの事情を知らない時から、達也くんの隠蔽工作の片棒を担がされていたってわけか」
「あの人はそんなつもり無かったでしょうし、必要性を感じたから俺からの要望を受け入れてくれていただけでしょうが」
「四葉家と七草家の確執は、一高内においては解消していたわけ?」
「そもそも俺は七草家と対立するつもりはありません。こちらの邪魔をしない限り、何をしようが勝手ですから」
「そう考えられるのは、達也くんがある程度の問題を解決出来るだけの力を持っているからよ」
人脈という意味だけではなく、達也なら文字通り「力尽く」である程度の問題は片付ける事が出来る。政治力ではなく、魔法力で。
もちろん、そんな事をしたら再び魔法排斥運動が活発化するので、達也としては出来る限りそのような手段はとらないつもりなのだが。
「達也くんが四葉を継いだ時、世間はどうなってるのかしらね」
「さすがにそんな事は俺にも分かりませんよ」
「それもそうね」
笑みを浮かべながらカップに残ったコーヒーを飲み干し、響子は笑顔で部屋を出て行く。響子を見送った達也は、巳焼島から送られてくる資料に目を通し、順調に進んでいる計画に満足し小さく頷いた。
文弥の受難は続く……