午前中は新居で作業をしていた達也だったが、午後からは巳焼島に顔を出して直接作業する必要があるので、ガレージからエレカーを操作して巳焼島に向かう――はずだった。だが彼の前には今、エレカーの助手席に座りニコニコと笑みを浮かべている夕歌がいる。
「夕歌さん、何かご用でしょうか?」
「私も巳焼島に用事が出来たから、達也さんに連れて行ってもらおうと思いまして」
「巳焼島に用事、ですか? 母上から何か頼まれたのですね」
「さすが達也さんね。まぁ私個人があの島に用があるなんて思わないだろうし、そうなると本家の用事だってすぐにわかるか」
達也の考察を称賛しながら、夕歌はしっかりとシートベルトをして達也を車内に招き入れる。本家の用事なら仕方がないと思いながら、こんな場面を誰かに目撃されたら少し面倒だなと感じていた。
「それで、母上からは何と頼まれたのです?」
「研究施設側じゃなくて、新たに建設した施設を観察してきてもらいたいって頼まれたのよ。本当はご当主様が直に観たいらしいけど、葉山さんが許可してくれなかったらしいわ。幾ら現場に人間がいるとはいえ危険だと頑なにご当主様の希望を却下したとか」
真夜なら巳焼島を訪れても危険はないと達也も思ったが、万が一という事がある。まして当主自ら視察に訪れるとなれば、現場の人間たちに必要以上な緊張感を持たせてしまう結果に繋がる。その所為で普段しないであろうミスを犯す可能性を心配したのだろうと、達也は葉山の考えを自分なりに推察して結論付ける。
「夕歌さんが巳焼島に行かなければいけない理由は理解出来ました。ですが何故エレカーに同乗していこうと? 本家からならヘリでも船でも何でもあったと思いますが」
「依頼されたのがさっきだったから、本家へ向かうよりこっちに来て達也さんに連れて行ってもらった方が早いって結論に至ったのよ。達也さんが今日、巳焼島に顔を出すのは知っていたから」
「そういう事にしておきましょう」
達也としては、先日深雪を巳焼島に連れて行った際に彼女を助手席に乗せて海上ドライブした事を妬んでいるのではないかと思ったのだが、その事を聞いて余計な不満を爆発させては面倒だと考え追及はしなかった。何時までも夕歌と問答を続けて研究の時間を減らすのは得策ではないので、達也は運転席に乗り込んでエレカーを発進させる。
「これがエレカー……原理は聞いていたし稼働してる動画も見た事あったけど、実際に乗るとこんな感じなのね」
「まだそれほどスピードは出ていませんが、海上に出ればもう少し楽しめると思いますよ」
「そう言われると私も欲しくなっちゃうわね」
夕歌は自分で車を運転する。今でこそガーディアンである桜崎千穂が運転を担当しているが、彼女の前任のガーディアンが命を落とした際には、夕歌自ら移動の為に車を運転していた時期がある。彼女が運転する車に乗った事がある達也としては、エレカーを彼女に持たせたらすぐに速度違反で警察の厄介になるのではないかと感じられた。飛ばし屋とまではいかなくても、彼女の運転はなかなかに過激だったからである。
「まぁ私のような分家の人間には、こんなものはくれないでしょうけどね。達也さんの妻として本家入りしたら、いずれ運転してみたいわ」
「常識の範囲内で済むのであれば、少しくらいなら問題ないと思いますが」
「あら? 私だって安全運転くらい心掛けているんですけど?」
「エレカーには四葉の技術力が使われていますから。下手に警察の厄介になってその技術を他所に盗られるのを心配しているのかもしれません」
「でもこの間は達也さんだって、明らかなスピード違反をしたんじゃなかったかしら?」
「緊急事態でしたし、あの時は警察の目もこちらではなく光宣に向けられていましたから。まして自国の領土にある研究施設を海外からの工作員に破壊されて、その原因が俺を取り締まった所為だとか言われたら警察の信用問題にも関わっていたでしょうし」
「あの時の警察組織は、USNAから達也さんを引き渡せと圧力を掛けられていた政府からせっつかれてたんじゃなかったっけ? そういう状況なら達也さんの事を取り締まろうと監視していたとしてもおかしくはないと思ったのだけど」
「新ソ連艦隊の南下もありましたから、こちらに割けるだけの人員がいなかったのではないでしょうか。ましてあの時は十文字家の息のかかった警察が周辺を警戒していましたので、政府の思惑通りに動くような人はいなかったでしょうし」
それ以外にも千葉の息のかかった警察官も周辺を警戒していたので、例え達也の違法行為が目撃されていてもその場で問題にならなかっただろう。事情を説明すれば達也の行為の正当性は明らかであるし、自国の研究施設を工作員に破壊されたと世界に知られれば、とんだお笑い草となっていただろう。
「まさか、そこまで考えてあのスピードで巳焼島に?」
「いえ、あの時は単純に施設を破壊されては困るから法定速度を気にしていなかっただけです。まぁ、国防軍としても警察としても、こちらに手を出してる暇はなかったとは思ってましたが」
「さすがね」
達也の腹黒さに感心しながらも、夕歌は景色が流れていく現状を楽しんでいた。あっという間に巳焼島に到着し、夕歌は本来の目的の為に別行動を申し出て、達也も研究施設に向かう。帰る時にまた、という夕歌の言葉に、彼は軽く肩を竦める事しか出来なかった。
というか、警察も国防軍も無能さをアピールする結果にしかならない