劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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魔法対決ではありません


夕歌VS真由美

 巳焼島での用事を済ませ、再び助手席に夕歌を乗せて東京へ戻ってきた達也を出迎えたのは、何故かムスッとした表情を浮かべた真由美だった。

 

「お帰りなさい、達也くん」

 

「何かありましたか?」

 

「えぇ、あったわ! たった今! それが発覚したのよ!」

 

「七草さんは何を怒っているのかしら? 私は達也さんと巳焼島にデートに行ったわけじゃないわよ? 四葉家が主導で建設していた新たな施設の視察に行くために達也さんのエアカーで巳焼島に連れて行ってもらっただけ。貴女が想像してるような甘い展開は無いと断言出来るわ」

 

「津久葉先輩がお仕事で巳焼島に行かれたのは分かりました。ですが、達也くんと狭い空間に二人きりであったことは事実ですよね?」

 

「そんな事を言うなら、深雪さんだって前に達也さんの運転するエアカーに乗って巳焼島に行ってるのだけど、私を弾劾するのであれば、深雪さんにも同じようにしなければ不公平ではないかしら」

 

 

 夕歌の切り返しに、真由美はどう反論すれば良いのか答えに窮した。確かに夕歌と同じように達也と狭い空間に二人きりという状況を味わった深雪の事も責めるべきだと分かるのだが、深雪にその事を指摘したところで反省しないだろうし、下手をすれば四葉家と七草家の関係を悪化させる原因にすらなり得る。

 それだけならまだいいが、深雪が真夜に告げ口をして、自分と香澄の婚約を取り消される恐れすらあると真由美は思っていた。

 

「……分かりました。ですが、今度からはご本家が用意された交通手段を使っていただきたいですね」

 

「時間的余裕があれば、私だってそうしました。ですが御当主様から視察を命じられたのは、達也さんが出かける少し前でしたので、本家に戻ってから巳焼島に向かうより、達也さんが巳焼島に行くついでに私も運んでもらおうと思っただけです。ですから七草さんが邪推しているような感情は、私の中にはありませんでした」

 

 

 真由美は読心術など使えない。夕歌もその事は重々理解しているので、堂々と嘯く。確かに巳焼島に行く手段としてエアカーを選んだのは、時間的にそれが一番早かったというのは間違いではない。だが達也が運転しないエアカーだったら、わざわざそれを選んだかは夕歌自身も言い切る自信が無い。もちろん今のところエアカーを所有しているのは達也だけなので、達也が巳焼島に行かなかったらヘリで巳焼島に向かったと断言出来るのだが。

 

「そもそも七草さんは、達也さんを独り占めできると思っているのですか? もしそうだとするのであれば、随分と自信過剰と言えるわね」

 

「べ、別に独占したいと思ってるわけじゃないです。ただ津久葉先輩が抜け駆けをしたのではないかと疑っただけです」

 

「抜け駆けできる人がいるのなら、それは深雪さんでしょうね。達也さんは基本的に、深雪さんに一番甘いから。お願いされたら大抵の事は叶えてあげるでしょう」

 

「それは私も分かっていますけど、津久葉さんだって分家の一員として昔から達也くんと交流があったわけですし、私たち以上に達也くんが甘くなっても不思議ではないと思いますが」

 

「そういう事情で深雪さんに甘いわけじゃないのだけど……知らないのならそれでも構わないわ。それじゃあ達也さん、今日は送ってもらってありがとう。この後は四葉ビルに用事があるから、私はこれで」

 

「お疲れさまでした」

 

「あっ、そうそう。御当主様から達也さんに伝言があったのをすっかり忘れてた」

 

「伝言、ですか?」

 

 

 また何か無理難題を押し付けてきたのかと身構えたが、夕歌の表情は重苦しいものではなく、笑いをこらえているように見える。

 

「文弥君がリーナさんにからかわれて困ってるようだから、早いうちにリーナさんを迎えに来てほしいそうよ? 真夜様や亜夜子ちゃんは楽しんでるようだけど、文弥君が本気で嫌がっているようで、このままだと家出をしかねないって」

 

「からかわれているって、リーナは何をしているんですか?」

 

「以前巳焼島で見たヤミちゃんの格好をして欲しいって、女子の衣装を持って文弥君を追いかけまわしてるとか」

 

「なるほど……」

 

 

 達也はその光景を想像して文弥に同情する。あの衣装をリーナに見られたのは文弥にとって不運でしかなかったのだろうが、あの場面にリーナがいなかったら、巳焼島の研究施設は破壊されていたに違いない。文弥も四葉分家の一員としてその事は理解しているだろうが、その所為で平穏を取り戻した今も女装をねだられる結果になったのは、やはり不運だったとしか言えないだろう。

 

「リーナの件は了解しましたと、母上にお伝えください。そして文弥には、もう少し辛抱してくれと」

 

「分かったわ。四葉ビルでの用事が終わったら本家に顔を出す予定だから、その時にお二人に達也さんの気持ちを伝えておきます。私個人としては、文弥君の女装を気に入ったリーナさんの気持ちが理解出来るんですが、その所為で分家次期当主の一人である文弥君が出奔するのは避けるべきだと思うし」

 

「以前に相談された事がありますから。どうすれば男らしく成長できるかと」

 

「文弥君の場合、亜夜子ちゃんと双子という時点でちょっと無理そうだけどね」

 

 

 男らしく成長した文弥を想像しようとして、すぐに諦めた夕歌を見て、達也はもう一度文弥に同情するのだった。




真由美がただの嫉妬キャラに……

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