小春を説得するためだと理解していても、深雪の心中は穏やかでは無かった。今まで達也の予定が空いている時は全て自分の為に時間を使ってくれていたのに今日は自分の傍に達也は居てくれない。任された仕事をしっかりとこなすのは達也の美点だと思っているが、それでも一人で過ごす休日は深雪には耐えられない孤独を与えるのだった。
そんな時に一本の通信が深雪の端末にかかってきたのだ。
「はい?」
『やっほー深雪、今日暇?』
「暇だけど、如何かしたの?」
『急に時間が空いちゃってね~。これから美月と二人で甘い物でもと思ってるんだけど、よかったら深雪たちも如何?』
「私たち?」
『雫やほのかも誘いたいんだけどさ~、番号聞き忘れちゃって。それに達也君も居るでしょ?』
「お兄様は今……」
居ないと言いかけたのだが、外に誰かの気配を感じた深雪。達也のように個人を特定する事は出来なくても、それなりに気配を掴む事は可能で、しかもその感じ取った気配は深雪が唯一特定出来る気配の持ち主だった。
「ちょっと待ってて。お兄様に聞いてみるから」
『了解、じゃあちょっと待ってるね』
通信を一旦切り、深雪は達也を迎え入れる準備を始める。さっきまで苛立っていたのが嘘のように、深雪の表情は明るくなっていた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「あぁ、ただいま。電話してたんじゃないのか?」
「エリカからのお誘いです。お兄様もご一緒にと思いまして」
「エリカから? 他には誰が来るんだ?」
「決まってるのは美月だけです。これから雫とほのかを誘うんですが」
「その中に俺が?」
居心地の悪さはさっき味わったばかりなので遠慮しようとした達也だったが、深雪の懇願するような視線には勝てずに同行する事にした。
「それではエリカにはそのように。お兄様は申し訳無いのですが、雫とほのかに連絡を入れてもらえませんか?」
「まぁそれくらいならかまわない」
達也に連絡を任せ、深雪は再びエリカへと通信を繋げる。
『おっ、もう大丈夫なの?』
「ええ。お兄様もご一緒してくださるそうよ」
『ホント? ならいろいろと聞けそうね』
「いろいろ? 貴女何を聞くつもりなのかしら?」
『いろいろよ。それに、深雪だって気になってるんじゃないの?』
確かに深雪もいろいろと気にはなっていた。だが自分から聞く事は怖くて出来ない。それならいっそ聞かない方が良いと思っていただけに、エリカの行動力は深雪には心強かった。
「お兄様が雫とほのかに連絡を入れてるから……来るそうよ」
『連絡早いわねーって、達也君が誘えば大抵の女の子は来るか』
「それってお兄様がナンパ師だと言いたいのかしら?」
『そんな事言ってないわよ!?』
電話越しでも分かるくらい深雪の機嫌が傾いたので、エリカは大慌てで通信を切った。その後集合場所をメールで送り、なるべく深雪の機嫌が直るまで会話はしないようにしたのだった。
時を同じくして、三年生の三人も甘い物を食べる為に街に繰り出していた。
「良いのか? 引退したとはいえまだまだ引継ぎとか残ってるタイミングでこんなのんびりと過ごしてて」
「良いんじゃないのかしら? 摩利だって達也君に全部任せたんでしょ? 引継ぎ」
「あ、あれはあたしがああ言った作業が苦手だからで……」
「私たちも一年一緒に作業してきたのですし、中条さんの手腕はある程度把握してます。引退した私たちがとやかく口を挟むべき事ではありませんよ」
「そうか……まぁ市原がそういうならそうなんだろうよ」
「ちょっと! 私じゃ説得力が無いって事?」
友人同士容赦の無い会話を出来る機会もそれほど多くは無いだろう。卒業後は同じ大学に進むとはいえ簡単には時間を作れないだろうし、それぞれのしたい事も増えるだろうと真由美は思っているのだ。
「あれ? あれは達也君たちじゃないのか?」
「そのようですね」
「西城君や吉田君はいないのね、今日は」
メンバーを見て真由美はそんな事をつぶやいた。普段なら幹比古やレオも行動を共にしてる事が多いので単純にそう思っただけなのだが、摩利には真由美が嫉妬してるように見えたのだった。
「何だ真由美、向こうに交ざりたいのか?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「だが、向こうはもうあたしたちに気付いてるぞ」
摩利が指差した方を見ると、達也が軽く会釈していた。気配では無く存在をつかめる達也にとって、これくらいの距離はあって無いようなものだ。
「こんにちはー会長さんたちも甘い物を?」
「千葉さん、私はもう引退したの。だから会長では無いわよ」
「七草先輩や渡辺先輩は休日も一緒なんですね」
「別に何時もって訳では無いがな。今日は偶々だ」
摩利を見てエリカの機嫌が悪くなる。事情を知ってるメンバーは苦笑いを浮かべたが、事情を知らない雫とほのかは若干困惑した。
「達也君」
「何だ?」
「今日は達也君の奢りね」
「おいおい……常識の範囲で頼むぞ」
「みんなも達也君が奢ってくれるから遠慮なく食べましょ」
エリカだけに奢るのでは悪いだろうと思っていた達也だったが、まさかエリカの口から言われるとは思って無かったので少し面喰っていた。
「そうなの? 悪いわね、達也君」
「あたしたちまで奢ってもらえるとはな」
「……どうぞご自由に」
抵抗しても無駄だと悟った達也は、軽く天を仰ぎながら真由美や摩利、鈴音の分も払う事を約束した。昼食時に小春と千秋の分まで払ってるので、普通の高校生なら財布の中身が枯渇するだろう。だが達也には普通の高校生ではありえないほどの収入があるのだ。
「お兄様、後で深雪も半分出します」
「いや、気にしなくて良い。先日USNAから大量に注文が入ったからな。それだけで相当な利益になるだろう」
「飛行デバイスですか?」
「お前が宣伝してくれたおかげだ」
九校戦の花形競技、ミラージ・バットで深雪が見せた華麗な動き、それを存分に宣伝で使ったために、FLTの飛行デバイスは今各国から注文が殺到しているのだ。もちろん利益の全てが達也のものになる訳では無いのだが、それでもかなりの額が達也の口座に振り込まれるのは間違い無いのだ。
「それでは遠慮なく」
「エリカにも言ったが、常識の範囲でな」
達也と深雪がコソコソと話してるのを、真由美はコッソリと眺めていた。先日浴槽で思い至った考えが事実なのかどうかを確認していたのだが、摩利には別の理由で見ているように思えていたのだった。
「そんなに気になるなら告白すれば良いだろ」
「違っ! そんなんじゃ無いわよ!」
「赤いぞ?」
「もう! 大体摩利だって達也君の事気にいってるんでしょ? それと同じよ」
「如何かな? 私のはlikeだが、お前のはそうなのか?」
「わ、私だってそうよ」
この後不毛な言い争いが繰り広げられるのだが、誰一人その事に興味を示さなかったので特に騒がれる事もなかったのだった。
人を出しすぎてごちゃごちゃになってしまった……